1970年代後半。街はドナ・サマーやアラベスク、ボニーMの曲が流れていた。
そしてサーフィンブームがやってきた。
この大流行は、サーファーファッションの大流行だった。
丸井に行くと、
エスカレーターの前にサーフファッションに包まれたマネキンがいくつもあり、
その横にはライトニングボルトのサーフボードが置かれていた。
サーファーファッションをしているのにサーフィンをしていないと、
“陸(おか)サーファー”としてばかにされた。
で、多くのサーファー風の兄ちゃんは中古ボードを買い、
車の屋根にボードをくくりつけて海に行き、
砂浜で日焼けするのが本物のサーファーと、
陸サーファーの中間層としての習いだった。
当時は波情報もなく、
「膝波日に突然5m級の波がやってくるかもしれない」
という恐怖心があったようで、
実際にしっかりとサーフィンをしていたのは、
根性が入った不良ばかりだったと、友だちの兄は述懐した。
さて、この‘70年代ディスコミュージックを気に入って何度も聴いている。
ボニーMのことを調べてみると、メインの男性ボーカルが歌っていなく、
口パクだったということを知り、
あぜんとしながらもあの軽薄な時代らしいエピソードだと感じた。
今朝、大波に乗る夢を見た。
ものすごい落下速度から遠心力に飛ばされそうになりながらボトムターンで波のトップに登っていき、
そこから絶妙なるトップターンが決まり、
さらに加速していく瞬間に吹き飛んでしまい、
海の中で悔しがりながらも、
次の瞬間には水の中で呼吸ができるぞ、と喜んでいたところで目が覚めた。
気になって長期波情報を見ると、
“日本の台風崩れの低気圧から今年最初の北うねりが届く“とあった。
夢で見たパーフェクトな大波の幻影を実世界でも追いかけることになりそうだ。
サーフィンブーム当時、
雑誌POPEYEで波乗り文化の破片を拾っていた少年は、
当然のように波に乗るようになった。
その誌面で想いを馳せていたアメリカ西海岸やハワイに住んでいる。
波に乗ることはファッションやアクセサリーではなく、
霊的で、深く、楽しく、そして厳しいものだということ。
遙かで偉大なる波に乗ると、無形の歓びがあふれてくる。
いつでも波のことを想い、夜明け前に起きて、波を撮り、
そしてありとあらゆる波に乗って、海と一緒に生きる毎日。
波乗りを愛する友人たちと、
すごい波や、他サーファーたちのスタイルを讃える。
良い波に乗った記憶をたぐり、
遠くの波、いつもの波、まだ見ぬ長い波、いつか乗る波を想う。
老若男女がいつまでも夢を見ることができる
“波に乗ること”のすばらしさを多くの人に伝えたい。
サーフィンは、ファッションでも競技でもなく、
自然から感動を得て、
人が輝いて生きるためのライフスタイルだ。
波に乗り続けると、新しい世界やステージの扉が開いていく。
そこには大きな波という扉があり、
華麗に舞うように波に乗るというのは、
そのステージのひとつである。
前出したディスコミュージックの歌詞を波に替えてみると、
波乗りに恋い焦がれる歌が現れた。
そしてその題名を『サーフフィーバー』としてみた。
私たちは好きな海に通い詰め、そして幸せな生き方をしているのだと思う。
永遠に“サーフフィーバー“していたい。
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初出自
2013年BLUE誌
。
ノア。
Catch Surf Y Quad 2009
初期型キャッチサーフ。
今あればコレクターズアイテムだろう。