ロスアンジェルス・ダウンタウンの夜。
時刻は深夜1時半。
日本領事館まで歩いて行ける距離。
この時間にこれだけの人が酒を飲んでいるのがすごい。
□
時計の針を7時半まで戻す。
ペソズの新ベースとなったシーピーと、
その親友ワイリーでロスアンジェルスに到着していた。
この革靴を25ドルで買って大満足のシーピー。
彼はまだ20歳になったばかりの大学生。
ベースは三ヶ月前に始め、
ギターは三年前だという才能あるミュージシャン。
9時前にブラッドフォードのスクールバスがやってきた。
その中にはヤーン、ジョーイ、
そして前座のテレック、ドラムのデボンが重なるように乗っていた。
波乗り帰りのようで、
それぞれのシングルフィンと、ウエットスーツが屋根に載せられていた。
ロスは大都会で、浮浪者が個性豊かだということに驚いた。
左前からブラッドフォード、テレック、
後列にシーピー、ワイリー。
連日のライブで眠たそうなシーピー。
DMティナと老女。
このアフリカ系フランスの老女、または男?が、
「マッサージをしてアゲマス!」
そうクルーにからむのだが、
ものすごくツメが鋭利で、肩を揉まれたものは血だらけになって、
病気とかHIVが怖いので、この後みんな逃げるという結末があった。
次にネコが入った袋を抱いた老女が車椅子でやってきて、
金銭をせびるのだが、払わない人には突然立ち上がって追いかける。
歩けないから車椅子に乗っているわけではなく、
楽だから乗っているようで、こうなってくると、
ティム・バートンの映画のライブを見ているような気になってきた。
他に10人の奇妙なる浮浪者がいたが、それはいまここに書かないでおく。
住民にとっても奇っ怪なのだから、旅行者にとっては恐ろしいことだろう。
大都会の不思議。
さて、今夜の会場となった『ハム&エッグ・タヴァン』。
朝食屋を改造してバーカウンターとし、
その隣にあった理髪店を床だけとしてライブハウスとしている。
その奇想天外のアイディアにさすがだと感じいった。
酒のセレクトも絶妙で、
最近流行のクラフトビールを缶で供し(6ドル+2ドルチップ)、
クラフトビールタップ(生)は8ドル+2ドルチップ、
ワインはグラスで8ドル、ボトルで28ドルだけという3種類の明朗COD会計であった。
28ドルのチップはどう払うのかを同業のデボンに聞いてみると、
20%程度なので、33ドルから35ドル程度をおけばいいと言う。
チップはいまだにわかりづらいが、20%を基調とすることが分かってきた。
ペソズガールズというか、サンオノフレガールズ。
聞いてみるとこの近所に住み、
週末は海に来るというライフスタイル。
なるほど、井上陽水さんではないが、
野蛮な水着を着ていた意味がようやくわかった。
さて、ライブが始まった。
この夜は9時開始の4バンド構成の夜だった。
トップバッターは、
美と野獣を半々に持つという両性のDMTina。
彼女?はグローラーズと共演したり、
話題には事欠かないが、
こんなパフォーマンスがトップバッターというのだから、
その衝撃に眠たい目が覚めた。
そして前日のダナポイントのペソズ前座のテレック・ウエグナー。
後ろにヤタくんことヤーン・ペシーノが見えます。
次に若き3人組のプログレッシブ・ロックバンドで、
ペソズはヘッドライナーというのが誇らしかった。
でもこの時点で日付は変わり、
私の普段は早寝早起きなので、
ふらふらと壁を支えに立っていたほどである。
ヤーンは昨日のセットリストを私が昨日ポストしたYouTubeから書き出し、
ほぼ同じ構成にしたのだが、
途中でアドリブを入れてガラリと変えてしまったヤーン。
曲目が変わり困ったのが新しく入ったシーピー(左)。
ノートに書かれたコード進行を見ながらベースを弾いていた。
DMティナという芸名を持つ彼女は、
地球外生物に遭遇したり、宗教的な神秘体験をしたという。
こうした夜にそんなことを聞くと、
全て信じられてしまうのが不思議なことである。
□
さて、海。
嵐からの西うねりが入っていて、いい波あります。
ここはサンオノフレの南側で、
無人でこんな波がずっとブレイクしていた。
ローワートレッスルズよりもサイズがあり、
これだけサーフスポットが発見されている昨今だけど、
いまだに無名無人でブレイクする波があることにうれしくなった。
動画から切り出した摩訶天殿ことジャスティン・アダムス。
奇妙なスタイルだが、
フォードアーズの連中が熱烈崇拝しているものである。
時代は個性がより重要視されるようになってきた。
すばらしいことだと思う。
とにかくペソズのおかげで深夜のロスアンジェルスの遊びを経験し、
それは未知なるもので、刺激的なものだった。
でも自分はこういうのは10年に一回もあればよく、
やはり早寝早起きして海で遊ぶというのが性にあっているようです。
それではみなさんもすばらしい週末をお迎えください。
明日またここで!
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[今週始まった文学系の連載で、『勝手に陰陽師』です]
今日は最終回の6、7となります。
昨日読んでいない方はこちらのリンクからどうぞ。
[その一]
https://www.nakisurf.com/blog/naki/archives/62656
[その二、三」
https://www.nakisurf.com/blog/naki/archives/62662
[その四、五」
https://www.nakisurf.com/blog/naki/archives/62696
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六.
今日は珍しく時間通りに始まったと、ペソズの取り巻きが口々に言っていた。
ワイリーやシーピー、彼女、彼らは常に楽団の側にいて宴を盛り上げていく。
美しく、ときに狂信的に激しく。
「おい晴明、こういうのを結集と言うのか?」
「博雅。観衆を見ろ」
「みんなひどく酔っているようだ」
「酔っているのもいるし、そうでないのもいる」
「違いがわからぬ」
「来たぞ」
晴明は楽屋側の扉から摩訶天が入ってきたのを確認した。
摩訶天がヤーンであり、ヤーンは摩訶天であるはずだが、その関連性はどこにあるのか。
そして、ここにいるヤーンも、ジョーイもどうもおかしい。
先ほどの影、鬼のせいなのか。
ここまでは、ジョーイがウエスのベースを取り上げてしまった他は上手くいったように思える。
他に記しておくべきなことは、観衆のひとりがヤーンにテキーラの小瓶を渡し、
ヤーンはそれを一気に飲み干したということくらいだろうか。
後半になって、観衆が熱狂的なボルテージとなり、
その時ーー
どこからともなく、神さびていて優雅な歌が聴こえてきた。
Cumdown
良い歌である。
どこかで聴いた声質だと思っていたら、いつのまにかヒゲ面のジム・モリソン(ドアーズ)そのものがヤーンと入れ替わって歌っているのではないか。
それを見て超興奮した観衆が次々へと前へ後ろへ、または膝を折るようにして倒れていく。
博雅も、ジム・モリソンの目に吸い込まれるように意識を失った。
.
七.
「なるほど、ようやく理解できました」
「うむ」
その声の主はブラッドフォードで、晴明と話しているようだ。
噴水のある中庭に博雅は寝かされていた。
「晴明さま、それではその鬼たちはどうしたのでしょうか?」
「わからぬ。だが、もうおまえたちに悪さはしないはずだ」
「けれど、どうしてヤーン、いや摩訶天さまに入り込むことができたのか。彼らは普通の人間ではないから、不可能に近いはずです」
「反魂の術のせいだろう」
「お互いを入れ替えたというあれですか?」
「そうだ」
博雅は高くなった月を見ながら聴いていた。
「それがなぜ鬼と関係があるのでしょうか?」
「魂は容れもの、つまり肉体とは別にあるのだが、その時には免疫力のようなものを低下させるのだろう」
「その状態のときに鬼が入り込んだと。しかもジム・モリソンがヤーンになった摩訶天さまに」
「そうだ」
「でもなぜジム・モリソンなのでしょうか?」
「これは摩訶天殿もヤーンも同じだが、音楽に天才的に長けているということだろう。彼ら共通の神がジム・モリソンであり、その魂に向かっていたのだろう。それを鬼は上手く利用したのさ」
「では、ジョーイの鬼はどういうことですか?」
「あれはジョーイの弱さに起因して入り込んできた悪戯な鬼だ。おい、博雅。聴いていないでここに来て話に加われ」
「わかっていたのか」
「当たり前だ」
「ウナクネ教にとっては、せっかくの最初の結集日だったのにさんざんな結果となったものだな」
「時代がまだ彼らを許さなかったのだろう」
「まさか鬼とはな」
「まだこの現代になっても鬼や妖怪の類はいる。しかも奴らは純粋に生きている人間を惑わしてくる」
「惑わされる人がすごいのか」
「そうともいえる。魂が入れ替わった時点で鬼たちは気づくのだろう」
「なあ、晴明よ、しかしなぜヤーンは摩訶天殿と入れ替わりたくなったのだろうか」
「俺にはわかります」
ブラッドフォードが口をはさんだ。
「普段はそれを抑えているけど、ヤーンは全て欲しくなる人なんです。ウナクネ教祖になったり、摩訶天のようにサーフしたり、この世界の頂上に立ちたかったのでしょう」
「ヤーンはどうした?」
「フォードアーズに戻ったようです。シーピーとワイリーが送っていきました」
「摩訶天殿は?」
「不思議なんですけど、ご自分に戻られた途端に消えてしまいました」
「彼はどこかに行きたかったのだろうよ」
「そうだろうか。俺はこのままで十分だ。自分のままでいい」
「それはいい、博雅。だからおまえは博雅なのだ」
「どういう意味だ?」
「まあ良い」
「良くはない」
「まあまあ、おふたりさん、送りますよ。フォードアーズまで行きましょう。きっとヤーンも酔いつぶれているはずですし」
「そうだな、ヤーンにも会いたくなったな」
「はい、本物のヤーンの歌を聴きませんか。酔ったときの彼の歌はジム・モリソンの倍以上です」
「そうだといいのだがな」
そう言って晴明と博雅は歩き出した。
バスが走り出し、
フリーウエイに乗ったときに博雅は、何の気なしに後部を見た。
乱雑に置かれたさまざまな楽器の間に、満足顔の摩訶天仇無須が寝ていた。
(了、4/25/2014)
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