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naki's blog

[特大号]さよなら総帥ジェダイの騎士よ_BLUE誌の文体で書く伊豆の旅_(3131文字)

Alex’s Bonzer

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美しいサーフボードを見ていると、恍惚となる。

ボンザーボトムに完璧なセットアップのフィン。

昨日の午後は自分セッティングのボンザー風に乗ってきた。

もちろん正式なーーキャンベルブラザーのも乗ったが、

その乗り味=経験が感知すること、

予感させることは常にあることだが、

けれど、経験があっても感知できないことも常にある。

経験には生々しさと曖昧さがほぼ同等にある。

この経験という魔性が、

そして波乗りという曖昧さがサーファーたちを迷い続けさせる。

それは古今東西、昔も今も、そして明日も。

上に書いたようなことをブルー誌の巻頭コラムに書いています。

題名はまだ暫定的ですが、

「具体と抽象における期待すべき流体力学」

そんな学術的なタイトルで読者を選びつつ、

じつのところ「ココロのサーフィング」ということに帰結します。

いや、するでしょう。(笑)

5月10日発売のBlue.65号。

どうぞお待ちください。

上記したボンザーは、総帥アレックス・ノストがお好きなので、

「ソースイボンザー」という屋号だかIDネームがあって、

ここにも「杯」があり、

[競ウナ特別編ー勝ウナー]_第1回ウナクネ賞春_(2455文字)

そして下記のリンクはいわゆるリアルのことで、

オーストラリアのヌーサにウナクネ和尚が集めたのが、

“Duct Tape Invitational”

ジェダイ最古の寺院にいるのはルーク・スカイウオーカーだというが、

ウナクネ最古の寺院にいるのは、

ジョエル・チューダーなのではないかと、

千駄ヶ谷と藤沢石上では夜な夜な話しこまれた。

ジョエル・チューダー主宰の

『アムステルダム・コミュニティ』の思想には、

ジェリー・ロペスたちと同様な神性が宿っているように思えてならない。

2015 Vans Joel Tudor Duct Tape Invitational in Noosa Final_正夢となったウナクネ・ヌーサ大賞典_(2800文字)

こちら辻堂の第二駐車場内の橋前。

「ウツボ族のまやかしは見抜いているよ」

とばかりに日々を生きる総帥。

聖式カルちゃんと総帥の頂上対談。

©Hair California

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こちらはそのアムステルダム・コミュニティの本部。

神奈川県藤沢市にあり、

藤沢駅南口から徒歩20分の聖地でパーティ限定で売られたハレノバドーナッツ。

ちなみにハレノバは極楽寺由来である。

本部長というか、

グランドマネジャーのえんちゃん。

笑顔と、大陸気のある話し方に加え、

その気づかいは、底知れぬものがある。

パーティのとき、

あまりにも人が大挙して押しかけるものだから、

警察が出動してきたが、

このえんちゃんが出ていって、巡査部長と3分も話すと、

「じゃまあ、違反駐車だけなんとかしてください」

という最小限のおとがめに加え、

深夜までならなければ大丈夫というお上からのお墨付きを得た。

@ogogram

これはオゴチャンのインスタグラムからだが、

みんな総帥に会えてうれしそうだった。

縁は人をつなぐのだろう。

総帥アレックス・ノストが、

無事に成田の地から、太平洋を越える旅に出られ、

私はそのまま伊豆にやってきた。

ここでは命を受けて会いに来た人ありき。

片瀬白田温泉にあったツツジ。

後方は散る桜。

白浜に到着すると、

源さんこと、金指源二(かなざしげんじ)さんが登場した。

車におよそいつも積んでいるであろう、

当時のOP広告を出してきて、

「これが若い頃の私だよ」

「千葉の川井幹雄くんはご健勝かね」

「鎌倉の岡さんにはお世話になった」

そんな文体でやってこられた。

なんでも源さんは、

伊豆で最初にサーフィンを始めた人として知られているが、

この日はそれが昭和39年で、

高橋太郎さん(故人)たちがやってきて、

源さんのご実家の離れに泊まり、

いたく白浜を気に入り、2本のログを伊豆用にと、

源さんに渡していってからが、その始まりだという。

私のウナクネ・エックスS、

ミニマルフィン仕様となったボードを見て、

新時代だ新時代だと感動してくださった。

現在Z1サーフスーツをテスト中で、

そのプロトタイプも含めて、新式2型を持ち込んだ。

こうしてフルスーツがたくさんあるのは、

とてもセクシーに見えたので写真を撮ってみた。

冒頭に書いた経験がなんたらということの繰り返し。

この駐車場の横にあったファミリーマートに行くと、

いきなりしんちゃんがお辞儀をしていた。

これはお詫びなのだろうが、

総帥がお辞儀について一席ぶったことを思いだし、

即座にインスタグラムした。

そのまま下田港経由で、

吉佐美の名店『サーフショップ・リアル』さんにやってきて、

古式フィンレス『アライヤ』族の長である鈴木直人さんに

自分のミニマルUNX-Sをジマンしにやってきた。

「チャンネルが効きます」

「シックスワンです。もっと長くても良いかも」

そんな静かなジマンであったが、

ココロ優しき、そして清らかな直人さんは、

目を爛々と輝かせて、

私のセルフシェイプのボードをいつまでも眺めてくれるのでありました。

次は先日行ったSURFマガジンの話となり、

「まだ見てもいない」

という直人さんに今度はマガジン・ジマンをする。

デュオだ非対称だとやってから、

RVCAのこと、

総帥の聡明さとウネクネ力のこと、

さらには自分の撮ったヨギティーが見開き広告ですよとジマンし、

そうすると、

「マーだ!すげえ!!」と直人さんが、

この吉佐美出身のマーこと、大野修聖さんのことをジマンするので、

ジマン大会は両者引き分けで、笑いながら名店を後にしたのでした。

散ってもまだ残る桜。

春の始まり。

夏の始まり。

こちらはその直人さんのお店から車で1分という大浜入口にある

『オンザビーチ』さん。

http://www.tafilm.com/OnTheBeach/OnTheBeach.html

この伊豆大浜出身で、

世界に名だたる写真家の土屋高弘さんのギャラリーでもあります。

さらに奥さんの由美さんが愛を込めて作るプレートランチや

コーヒー&スイーツのお店でもあります。

レッドホットチキンプレート。

(絶品)

プルコギビーフ。

(感激)

前出したロペス大先生の大判プリントの額装が掲げられたカウンター。

サーフファンならここに立ちすくむのでありましょう。

©Takahiro Tsuchiya 1988

私が22歳だか23歳のとき、

当時は大切なフィルムで氏が私を撮ってくれた作品。

私の波乗りの歴史_第7編_パイプラインの波_(2169文字)

今でも大切な思い出で、ジマンでもあり、

さらにはこれには大恩があります。

ありがとう土屋さん。

そうやって感じいって視界が滲むのはいつものことだが、

そうではなく大雨が降ってきた。

一夜明けて、

鈴木直人さんと土屋さんと波乗りの約束をしていたが、

件の大雨でありました。

取材続きと長距離運転に疲れ果てていたのか、

じっくりと朝を過ごしていると、

昼頃まで猛風大時化であったが、

情報によると、

「ミッキー岬」がよろしきかも、となった。

で、国道を、坂を上り降り、

曲がりくねりながらその岬に行ってみると、

岩だらけ海の上にものすごい波が炸裂し、海を揺り動かしていた。

波には何も期待していなかったので、

ボード等もいつものユルキャラばかりだったが、

なんとウナクネエックスSに付けるフィンを発見し、

パドルアウトするに至ったのです。

そしてカリフォルニア時代によく一緒にいた今村厚さんと再会し、

さらにはカボサンルーカスでの盟友進士剛光くんとも会えたのであります。

あ、3000字を超えました。

続きはまた明日ここで。

補足:

お上からの達しがあって、

岬写真等は一切使わないようにとのこと。

残念であります。