Pleasure And Pain
日本海のシーズン幕開けを知らせるうねりが届いた日。
一日通してムネ前後、ゆるいオフショアでいい波、とてもいい一日でした。
それなりにわかったつもりでいた、自分なりの日本海の波予想を上回るプレゼントに、自然は偉大だなあ、と、また勉強させられました。
駐車場も海の中も、混雑していて、でも奥地のポイントだけにネガティヴな雰囲気もなく、みんな久しぶりの日本海の波に、喜んで笑顔が溢れていました。
日本海の波に乗る。
その心地よい余韻に浸りながら、帰りにスターバックスのドライヴスルーで、マンゴーフラペチーノを飲みました。
そのスターバックスで、思いがけない出逢いがあったのでした。
『人の心は表情に表れる』、とはよく言うけれど、その人を見た瞬間、全身から虹色のハッピー光線が放射されていたのです。虹のかけはし。そしてそれは、とてもとてもポジティヴな虹でした。
そんな虹にしびれた僕から出ていた奇妙な電磁波を感じ取ったのか、その人もまたしきりにじっと僕の目を見るのです。
そこには『スターバックス』という接客教育を身にまとったビジネススタイルだという大前提はあります。でも、この時のアイコンタクトは、それを超越した次元での感覚に間違いありませんでした。
そしてこの感覚というのは、決して邪(よこしま)なものではなく、男と女という以前に、『人』としての魅力に光が見えた感覚でありました。
おおお…、窓口の前まで進み、近くで見ると、ますます眩しく輝いて見えるぞ。
そんなスタバ嬢が、優しく言います。
「マンゴーフラペチーノのショートサイズでよろしかったですか?」、と。
まんごーふらぺちーののしょーとさいずでよろしかったですか?です。
うおおおおお!
もちろんです。
マンゴーでもキャラメルでも、ラテでも抹茶でも、なんでもいいのです。とは僕の心の声。
この、輝くような雰囲気を身にまとえるということ。
この人のことは今しか知らないけれど、たぶん、今の生活がとても楽しくて、幸せで、満たされ充実しているのだろうな、と思わされるのでした。人として、すごく輝いていたのです。
ただ面と向き合うだけで、こんなポジティヴな感覚を抱かせてくれる人。
今、僕の周りにいるだろうか、と考える。そして自分はどうだろうか、と。周りには、いないかもしれない。そして今の僕は、甘んじて見ても、断じて違う…。こんなふとした出逢いからそんな感覚を意識してしまうほどだから、むしろ乾いているのだろうか!?
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【写真:サマードレス。蕾(つぼみ)は希望を。光と影の二輪は、喜びと痛みを】
そんな数十秒の邂逅の中、いよいよマンゴーフラペチーノができあがり、別れの時が近づいてきた。
お金を渡してフラペチーノを受け取るとき、僕の右手とスタバ嬢の左手が軽く触れました。
その指先の柔らかな感触に、
『あぁ…』
と、不意に、心の中で声が漏れたのでした。
この「あぁ…」と無意識に漏れた心の中の声こそ、この数十秒間で得ることができた喜びが発露した瞬間だった。
このポジティヴな感覚を意識した時に、心の中にひろがるあたたかい感覚、この幸せ、エネルギーの伝達、心のぬくもり…。(←Pleasure)
例えようのない幸せを感じてうっとりしていた時、不意に助手席の方から声が聞こえた。
「あの子、あんたのことものすご見てたで」
はっ!そうだ…、助手席には彼女がいたのだった!(←Pain、笑)
一緒に波乗りしてきたのだった!
聞きなれた声に現実に引き戻され、助手席の彼女にフラペチーノを手渡しながら、
「なんか、めっちゃ可愛らしいひとやったなあ」
と僕が言うと、彼女も少し間を置いて、
「んー」
と言った。
以前はこんなことを言うと、彼女は瞬時に映画『地獄の黙示録』のキルゴア中佐・女版と化し、「ベトコンはサーフィンせん!」の怒号とともに、ビーチのみならず全方位に向けてナパーム弾を乱射していたのだけど、最近ではこんな些細なことにいちいち反応することはなくなってきた(「この戦争も、いつか終わる、someday this war’s gonna end」)。
※キルゴア中佐は、サーフィン大好きのとてもいかした人なので、ブログで書きたいネタの一つです。
こんな僕の気持ちを理解してくれているのか、それとも教育(?)の成果なのか、最近はジェラスることもほとんど無くなった。店員が男だったとしてもさっきの女性のような雰囲気を持っていたら、同じように「素敵な人やったな」と言っていたということを理解してくれている、はずだ!どうやろ…、うーん、微妙だ。
異性同姓関係なく、良いところも悪いところも、お互いに認め合えるような関係となるまでには、ふとしたきっかけで出会い、相手のことを知る過程の中で、自分の価値観と違う部分への些細な違和感に囚われがちになってしまう。
でもそんな違和感と同じだけ、相手を素直に受け入れられる部分もあるわけで。
そんな部分を受け入れて、自分のプライドを抑えてまで相手を認めて褒めるよりも、違和感から生まれる些細な疑問をぶつけるほうが簡単だったりすることから、共有した時間が少ない人との関係はネガティヴなものに陥りやすくなってしまう。
それが、『人』だけに関わらず、『物』でも『動物』でも『花』でも『自然現象』でも、その対象を認める心と、受け入れる勇気を持つことができれば、愛のかけら、幸せのきっかけ、虹のかけはしはたくさん見つかるし、ほんの小さな出来事を、気付くだけで終わらせず、深く意識し、解釈していけば、完全に自分だけの価値を持った物語が、心に存在するようになってくる。
そんな物語の価値を意識した時、心は豊かになり、そしてもし、そんな感覚を「誰かに伝えたい」、と思えたとしたら、その物語の価値はさらに高められ、その何倍も心が拡がり豊かになると思うのです。
そして、そうやって心の中にできる自分だけの物語は、喜びの経験だけでなく、別れや、寂しく辛い経験も受け入れることができてこそ、その存在がさらに高昇すると思うのです。
人は、幸せなときは限界まで幸せを感じようとするのに、悲しい時は悲しみに抵抗しようとする。
喜びと苦痛の価値は同等なのに(Pleasure And Pain)。
そのどちらかが欠けてしまえば、もう一方の感情も無くなってしまうのに。
どうでもいいような些細なことに囚われ、ストレスを意識するよりも、良し悪しのどちらも素直に受け入れられる心を持てるようになれればいいな、と思いながら、僕のソウルサーフィンは、たゆたいながら続いていくのだ。
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【写真:この日の夕陽。とてもいい一日でした。すべてに感謝】
今日の一曲:Pleasure And Pain / Ben Harper
コメント
とおる さんからの コメント 2006年10月27日(金) 2:52 PM
>風雲さま
コメント、ありがとうございます。
風雲さんの勇気に感謝します。
誰に読んでいただけるか分からない状態で書いたものが、こうして風雲さんの心に届いて、コメントを書いて頂けるということ。
本当にありがたいことです。
風雲さんの涙がpleasureなのかpainなのかは分からないけれど、それがどちらにしても、書いた者として最高に嬉しいです。
これからも、よろしくお願いします。
YUKO さんからの コメント 2006年10月28日(土) 6:33 PM
ブログ立ち上げおめでとうございます。
波が無いと嘆いたり 波が大きいと嘆くより
波がうねる幸せに感謝できる人になりたいですね
彼女の成長(?)嬉しく思います。
とおる さんからの コメント 2006年10月29日(日) 8:36 AM
ほんとそうですね。
家に居る時は「海に行きたいな」と思い、海辺にいると「波、イマイチだなあ」とグチる。
僕もそんな自分に気付いた時、いや待てと(笑)。
なにをもったいないこと言ってんねん、って気付いた。
この一本!このうねり。
ありがとうございます、ですね。
コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。













風雲 さんからの コメント 2006年10月27日(金) 9:54 AM
Toru Sahoさん、
なぜか涙があふれてきました。
深いのです。
これもPleasure And Pain(楽しみと苦痛)なのでしょうか?
感銘したのでコメントを残します。