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ロープに伝わる朝露の水の球。目を凝らすと、海と天だけの世界が写っていた。
俺は南太平洋の上にいる。
向かっているのは地図の隅にある小さな島々。そこには島の隆起から85000年間、誰にも触られたことのない波があるという。
本島に住むハードコアサーファーで、酋長の末裔イエン・ムーラーの大きな夢は、その波を探し、名前を付けること。しかし、そこは延べ700kmという航行距離のフィジー南東諸島。時間と資金が必要で、なおかつ各島、各酋長からの招待がなければ近づくことすらできない聖域。実現に向けて、イエンは何年もかけ、コネクションをたぐり、来島申し込みの手紙を酋長達に書き、南側3島の酋長がこの案を受諾した。この世界初の波乗り冒険に向けてのメンバー集め、日程を半年かけて整備していった。
2003年11月、この夢を追いかける総勢14名がフィジー本島の南港から140フィートの大きなヨット【トゥィタイ号】をチャーターし、未踏の波を求めて、遙かなる旅へ出発した。
広大な海原を望み、まだ見ぬバージンサーフを瞼の奥に一瞬だけ光らせ、視線を進行方向、湾曲した蒼茫(そうぼう)なる水平線へ戻した。
アリストテレス(紀元前384-322年)という哲学者がいた。彼は幸せについてこう述べている。「幸せには3つの形があり、第一は満足と快楽に生きること。第二は自由で責任のある市民として生きること。第三は科学者や哲学者として生きること。これら3つをうまくミックスすると最上級の幸せが得られるという。
「サーファーとして3つの幸せ」というのをサーフ歴28年のマットに尋ねると、「波、風、体」と答えが即座に返ってきた。
20年以上、ほぼ毎日のように波乗りをし続けてきた俺たちにとっての波乗りとは、キリスト教信者が繰り返し教会に通うのとよく似ている。楽しい時、幸せな時、哀しい時、寂しい時、辛い時、全ての心情を受け取ってくれる海。そこから知る「神論」がこの世界にはある。加えて、行ったことのない国、まだ入ったことのない海、はじめて見る波を俺たちはいつも探している。技術でも道具論ではない精神が波乗りの裏側に潜んでいる。それを満たすため俺たちは21世紀文明の略奪と消費を越えて、深遠なる宝石を探しにここまではるばるやってきたのだ。
やがて闇が降りて、風のうなりだけとなった。ベッドに潜り込むのだが、はやる気持ちと、軋む音を発して激動する船体、風のうなり、エンジンの轟音、それら全てに眠れず、空寝を決め込んで長い時間をもつれさせた。寝返りをうち、タオルで作った枕に顔を押しつけ、意識を交錯させ、虚ろな時間を耐え、窓の外の闇を見て、寝返りをうつ、というのを繰り返し、寝ることをあきらめ、その弱い意識のまま船室を右へ左へとよろけながら歩き出た。3階デッキに通ずる階段を這い登り、湿った風のうなりの中で佇んでいると、ようやく永い夜が明けようとしていた。まだいくつか空に残った星を眺めて、ほの白い気持ちのままこれからやってくるであろう期待と不安を交互に感じていた。
鋭い気配が階段をゆっくりと登ってきた。剃毛した頭、こちらを見据える眼光、マットだった。隆起した上半身、迷彩模様のショーツ。
「How's look?(何か見えたか?)」
「海、そら、雲」
「まだ着かないんだな」とマット。
「キャプテンがミーティングの時、到着まで10時間以上かかるって言ってたよ」
「そうだったな.....」
黙って風の先を見た。
広すぎる海原をトゥイタイ号がささやかに進んでいる。
少し経ってから俺たちはまた狭い船室に戻っていった。
遅い朝食を食べた後、突然船内が賑やかになった。最初の目的地、沖の隠れ根に着いたという。カメラを片手にデッキまで駈けのぼっていくと、錆び朽ちた沈没船が2艘、海面から姿を出し、波がその船に沿ってブレイクしていた。
「波だ。やった!」とイエンが叫んだ。
波を見つける、という最小目的がこの瞬間に達成された。
東側の沈没船からライト波、手前の大きな船にはレフト。頭位だろうか、長く美しくリーフに沿って崩れている。
ガラガラと碇を降ろす音、マットはボードを取りに下に行き、アッシャーはボードケースを開き、フィンを取り付けている。俺とケンウオージーは初めて見た新しい波に焦点を合わせて、シャッターを押した。
その波は拡がった隠れ根に沿って崩れていた。突端から扇状の形をした地形は、サイズを変えることなく沈没船に向かって進んでいる。俺たちはゴムボートに乗り込み、沖からその突端を目指した。柔らかい空にふんわりとした雲が浮き、どこまでも青く透明な海があった。濃紺は深い水深を示し、浅い箇所はエメラルドブルー、珊瑚礁によっては暗い陰をおとしている。ブレイクに近づくと、待てないマットがサーフボードと共に海に飛び込み、ジャラ、ブラックが後から続いた。なお進行するゴムボートはパドリングするマット達を追い抜いた。高笑いするゴムボート組の中で俺はカメラをセットしている。バージンブレイクに誰が最初に乗るのか?ゴムボートからアッシャー、トリー、ロボ、ランディ、チャド、カイル、そしてケンウオージーが飛び込んで俺が続く。11月のこの海は温水で、柔らかい海に包まれ、みんなはやさしく笑っている。
波を分析すると3セクションあり、肩頭サイズの無風コンディション。みんな気持ちがはやるのか、嬌声を発している。笑顔だけが見守る波、透けるターコイスブルーのリップ、美しく柔らかい瞬間。思えば遠くにきたものだ。渋滞や生活の全てが空に吹き飛び、消滅した。
南太平洋のど真ん中、高い太陽、広い空と無人波が夢景色さながらに拡がっていた。セットが入ってきて、その波に入ったのはマットだった。
1ロール回し、カメラを置き、サーフボードでピークに行くと、マットたちはランチのため、母船に戻った。イエンと俺だけの第2セッション。波はただ純粋に楽しかった。高さもあり、薄いバレルとなるパーフェクトなレフト、いくつかのライト波。しかし沈没船が目に入るせいか、大自然を満喫するというより、工事現場の脇で遊んでいるような重さを感じる。辛くはないがそこには圧迫感があった。
ただ波に乗るという目的は達成されたが、世界に誇る究極の波を探すべく、トゥイタイ号は舵を東に向けた。
船内2階には45人定員の大きなレストラン兼バーがあるが、食事の際、さっきの波に名前を付けようということとなった。
「最初の波に乗った人が名前をつける権利としよう!」と決まり、全員でマットの顔を見ると、彼は「最初だからみんなで決めないか?」と短く答えた。多くが「船が座礁していたからシップレックス(座礁船)はどうだろうか?となり、少しひねって2艘沈んでいたので「ツー(2)レックス/two wrecks」と命名した。
さて、俺たちの乗るこのヨット、トゥイタイ号には乗組員、乗員を合わせて17人が乗っていた。それぞれ役割にあわせて船長、副船長、機関士、航行士、シェフ、バーメイドとそれぞれの補佐が持ち場で休みなく働いている。
この伝説ツアーのメンバーは、先ほどから登場しているマット・アーチボルド、そのマットの板にアイラブユーペイントを施している芸術家オードリー・バズビー、コーディネーター兼ビデオグラファーのローガン・デュリアン、魔除けとして同伴している悪童ジェフ・ブラック、バレルの達人ジョン・ロバートソン、TV司会もこなす水中ビデオ係チャド・タワジー、奇才フォトグラファーのジェイソン・ケンウオージー。神妙におとなしかった大男ランディ・ボンズがカリフォルニアから。コスタリカは、ガーソンキャンプの長男カイル・ガーソン。オーストラリア、クーランガッタからアッシャー・ペーシー、ジャラ・テュットン。ノースショアハワイからは誇り高きトリー・バロン。「6フィートの波がやってくる!」というのが口ぐせの発起者イエン・ムーラーがフィジー本島から。そして俺(日本)がサーフボードとカメラを持ち込み、トゥイタイに乗り込んだ。夢と冒険を追いかけるさまざまな多国籍キャラクターの面々だ。
最初の島に着いたのは夜8時だった。入島する許可をいただきに酋長の家に行く。船長、副船長、イエン、機関士、タイというシアトル出身のトゥイタイの所有者、そして俺というメンバーで遠浅の砂浜を腰まで浸かり湖のような海を歩いた。温かな海水が気持ちいい。エイがいるというので踏まないよう指示が出るが、まっ暗で何も見えないので摺り足で進む。海面に拡がっていく無数の波紋に月明かりが揺らいでいる。
腰くらいの堤防には若い男女が腰掛けていた。俺たちを見て驚きもせずいくつかの質問をし、機関士がフィジー語でそれに答えると、笑い声をあげている。上陸し、フィジーでは正装であるスカートを身につけ、街灯もない小径を歩く。家と呼ぶべきか、ささやかな建物が間隔をあけて建っている。しかしどこもひっそりと寝静まっている。茶色の犬がある程度の距離まで近寄ってくるが、こちらを見たまま動かない。水たまりを避け、砂利道を進み、巨大な椰子の木を曲がると大きい家があり、ここが酋長の家らしいのだが、ここも近所同様寝静まっている。電気のない島では暗くなれば深夜なのだろう。船長とイエンが何やら話しあっている。起こすことに決定したようで、木製の大きなドアを叩いた。少しして10才くらいの少女が起きてきて、その後ろから壮年の酋長が登場した。
儀式はロウソクの灯火の中で行われた。まず最初に副船長がこちらからの貢ぎ物(医薬品、文房具、カヴァの根)を差し出し、そして口上をうなり述べ、それを酋長お付きの者が絞り出すような声で口上を返す形だった。何度か口上が行ったり来たりし、ようやく「パンパン」と柏手のようなものが打たれ、この島に立ち寄ることが許可された。彫刻を施された直径2メートル程の大きな木製たらいにバケツで水を注ぎ、粉カヴァを杓文字のようなもので溶かし、カヴァが席を回った。パンと手を叩き、「ブラッ!」と低い声であいさつし、一気飲みをする。不思議な味にめまいがし、霊気が立ちのぼるように酔った。フィジーはカルチャー色が強く、来訪者はこうして許可を取らなくては立ち入りは許されていないという。歴史の本によると、つい最近までトンガ人とサモアンがフィジーを占領する争いを繰り返していたとあった。そんな事も関連しているのかもしれない。付け加えると、近年まで近隣諸島では食人(=カンニバル。中国でいう喫人)の習慣もあったそうで、この儀式の際に村人に俺たちは襲われて喰われるかもしれない、というおぞましい恐怖もあったことを告白しておく。
この島の沖で数多くのリーフの切れ込み(パッセージ、またはパス)を発見したのだが、うねりは入ることはなかった。幻滅に似た気持ちにもめげず、即座に次の島を目指した。自然と向き合う波を探索するというのは簡単ではない。
第二の島には翌日着くということだった。この島を地図で見ると、馬の蹄のようなUの字をひっくり返した形をしていた。さらに細かく見ると、岬が数多く突き出ていて波への期待が高まる。パーフェクトな波を滑ることを夢想し、飯を食べて酒を飲んだ。フィジーの【バウンティ】というラムがうまい。闇に慣れ、エンジン音と揺れにも馴染み、この夜から熟睡できるようになった。
早朝に到着すると、ここも昨日の島と同様、深緑に包まれていた。微速前進しながらリーフの切れ込みを探し、島を廻る。民家も見あたらず、時折小さな浜が見えた。突然船底から「ズズズズズン!!」という大きな低い音がし、船は止まった。倒れそうになるのをこらえると、みんなが外に飛び出してきた。どうやら浅い岩礁に乗り上げたらしい。ヴァラシコという名の巨漢機関士が水中メガネとシュノーケルをして底に潜っていく。しばらくして上がってくると眉を落とし、首を振っている。それから何人か潜ったのだが、皆渋い顔だった。船はやはり岩礁に乗り上げているらしく、このままだと船体の重さで底に穴が開くので、もう少しして進展がなければ飲料水等を捨て、船重を軽くし脱出するという。ただ、幸いにもこれから満潮になっていくので、海位が上がるとチャンスとなる。それがもしだめなら本島に無線で連絡を取り、他船を呼び、それに乗って本島に帰港しなくてはならない。もしそうなったらこの旅は破綻するのだ。祈るような時間が過ぎていく。このまま座礁船となってしまうのだろうか?持ち主のタイは苦い顔をしてオーナー室に消えていった。2時間程が経ち、低い音でエンジンが唸った。今がちょうど満潮なので、脱出に挑戦する時刻だった。エンジン音が大きくなり、トゥイタイは海面を進みはじめ、みんなは顔を見合わせ歓喜の叫びを船内に響かせた。
船底をチェックし、損傷がないことを確かめ再出発し、しばらくして大きな湾の入口を発見した。湾内では先ほどの教訓からか、注意深く地形を縫い、奥に進み、遠くに見えるコンクリート桟橋を目指した。近づくと、港には村の男たちが十数人集まっていた。TVはもちろん、電話も電気も何もなく、外部との交信手段は月に一度の郵便船の他はないため、来訪者は彼らにとっては大きな事件だと機関士補佐/サーファー志望の最年少ウエインが教えてくれた。先端と後方から太いロープが堤に投げられ、島の大男たちがそれをしばりつけた。
この島は、教会や小中学校があった。その独特の円錐型屋根の下の公民館で村の男、大多数を集めて儀式は行われ、ここでも前日の島同様に酋長から許可が下りた。大雨が降り出したのでカヴァを飲みながら雨雲が動くのを待った。小一時間ほどで雨はあがり、沖を見るが、イエンの繰り返す「南東から6フィート」はまだ届いていない。俺はこの村出身という副船長を案内役に村の学校を訪ねて、島の話を先生に聞いてみた。この村の人口は112人、収入平均は月8000円、成績が優秀なものだけが、本島の高校に村と、国から出る補助金で進学し、そして彼らは老いるまでここには戻ってこないんだ、とその年輩の教諭は丁寧な英語で、抑揚を付けずに言った。イギリス領なので英語なのだ。通信手段は無線電話があって、緊急時には使用するが、5年前の台風の時に一度使っただけだという。その台風では村のほとんどが家を失ったという。
広場では村人対トゥイタイ号クルーのラグビーが始まっていた。人数もばらばらで、線もゴールもない牧歌的なものだが、楕円のボールをみんなで真剣に追いかけ、日は暮れていった。
船に戻り、提に係留したままここで一泊することになった。なんにしても揺れないで寝られるのはありがたい。
翌日、まだうねりは届く気配すら見せていなかった。波が出るまでこの島でそれぞれ遊ぼう、ということとなり、島来訪チーム、なぜか船内にあったマウンテンバイク部隊、スノーケリング班、釣りグループとそれぞれまとまった。俺とマットは島の東側を探検しようと、水と食料をカヤックに積みこみ出発した。「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー...」と繰り返しながら、風上に向かって長時間漕ぎ、マラソンランナーのような息継ぎをし、ようやく島の先端まで来ると、その岬の裏側に白い砂で満たされた入り江を発見した。幅がおよそ500m、?恪sきがたった15mの極小の砂浜。村から離れているため人影はもちろん、気配すらない。後ろには深い森が山並みに沿って密集し、足ひれを履き、ウニや貝殻の詰まった険しい棚を歩き、きっと人類の歴史上初めて(であろう)浜に上陸した。一歩一歩くるぶし近くまで沈む柔らかい砂、青い空、緑をまとった大地の上に魚のような形の雲がぽっかり浮いている。俺はそこでゆったりと体を伸ばし、目を閉じると、体が宙に浮いたような、浜に回転しながら吸い込まれる感覚がやってきて、いつか眠りに落ちた。
「ナキ!見ろ」というマットの声に目を覚ますと。カヤックのリーシュを結びつけたリーフに8インチ(約20cm)程度の波が割れはじめていた。満潮に入ったようで挺が流されそうになっている。あわてて自挺に戻り、そのピーク付近まで行くと、極小波がブレイクしていた。マットは「これ乗れるぜ!ヒュー」と言いながらプラスティック底と珊瑚礁の擦れる音をさせながら波に乗っていった。俺も挑戦するのだが、なかなか挺の向きが安定せず、波に押されると横滑りし、プルアウトしてしまうという情けない状態だった。何本目かで挺は滑り、そのブレイクを楽しんだ。
沖で崩れる8インチを眺めながら「ここに大きなうねりが入ったらパーフェクトだな」とマット。この小さな岬のポテンシャルは計りしれない。本船に戻ると、陽はすでに傾いていた。その長い距離のミニチュアパーフェクト波をイエンに報告すると、彼は「とうとう6フィートの一波がやってきたんだ!」と手放しで喜んでいる。それぞれ別行動した話に耳を傾けていると、釣りチームは大漁だったらしく、陽に焼けた笑顔と興奮があった。40cmくらいの根魚がジグで釣れ、しかもブラックが生まれてはじめて魚を釣ったそうで、チャドとカイルが冷やかす先には顔を華やがせたブラックがいた。ブラックは悪をファッションとするギャングスターだが、こんな時には純粋な少年に戻るようだ。その釣りディンギーに同船したオードリーは、「ブラックのあんな真剣な顔を初めて見たわ。とってもかわいいの、釣れた時のあのはしゃぎようは忘れられない」と評し、夕食には彼らが釣った良型の丸揚げにされた根魚(かさごのような顔つきで、赤や青の色、または茶色地で黒い斑点模様)が並んだ。 >>PART2へ
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