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naki's blog

【naki’sコラム】vol.7 ロマン主義者たちの冒険 / コスタリカ編 PART3

分裂。

ハコビーチに戻ると、サンクレメンテでの友人ルーディさんがいた。彼はさすらいの寿司職人で波を求めて、コスタリカまで越してきたソウル・サーファーだ。聞くと太平洋側は両日ハモサで肩頭程度だったという。ケーシーと僕はハイファイブする。
翌朝5時にルーディさんを迎えに行くことを約束し就寝。目を閉じると、カリブでのたくさんの出来事が断片的に彷徨い、しばらくの間睡ることができなかった。
翌日4時起床。どんなに疲れていても毎日夜明け前に起きてしまう。そしてエネルギーに満たされた自分自身に満足し、「うおーっ」と叫びながら起きる毎日。後日、この話をシエィにすると、「俺も同じさ、きっと精霊の仕業なんだろうね」と真剣な表情で言う。
美しい夜明け。群青色から青紫、桃赤色に変化する壮烈な空の下で波が少しサイズアップしている。シェーン・ベッシェンを迎えに行くと、カリブ海、デビルズ・ダンジョンでの噂がもう伝わっていて、そのパーフェクションへの嫉妬からなのか、表情が曇っていたことに気がついた。シェーンがテラザの波でやりたということなので、先に行ってテラザホテルで朝食を食べることとなった。このホテルはビーチの上に立っていて、プール、エアコン付きのハイグレードなホテルだ。もしコスタリカで気持ちよく過ごされたければここをお勧めする。目前のビーチではエアショウ等のコンテストも開催されている岩と砂のミックス・スポット。シエィとカリチェが朝食途中なのに意味深顔でこちらにやってくる。シェーンは僕たちが勝手にカリブ海に行ったと怒っているんだそうだ。「………」絶句する僕とケーシー。心に残るトリップを否定する人間が現れるとは思わなかった。それも出発前に誘ったのに。ここにいる皆で「こんなことは本当にくだらない、卑劣で、悪いカリフォルニアン・スタイルだ」と気を入れ直す。【人生には否定がつきもの】と今朝読んだばかりの抒情詩人の言葉を借り、この問題に終止符を打つ。
とてもおいしい朝食、たった1750コロネス(5ドル)でコーヒー、生オレンジジュース、トースト、目玉焼き、フルーツ盛り合わせ、ビーン&ライス、トルティーヤが付いてきた。
シェーン、オスカー、ベン、シエィ、ケーシー、ブライアン、ルーディさん、カリチェとサーファーが揃う。今朝は良く晴れて、右奥の岩場から昇る太陽の反射が眩しい。波はコンスタントに頭オーバーはあり、少しつながり気味のベンドするランプ・セクションを使ってエアを決めるシエィとシェーンを中心に12ロール分撮影。途中オスカーが岸へと戻ってきた。膝がまだ痛むという。僕は撮影後の熱くなった体を冷やす為にラインナップへ、大岩横からのライトの形がいい。バレル一本を抜けるとかなりハイな気持ちとなり、先程の人間関係のごたごたも吹き飛ぶ。結局この楽しい気持ちのまま一日を過ごすこととなる。たった一本の波で流れが良い方向に変わったようだ。これも波乗りの魅力のひとつ。PURA VIDA.
午後の干潮はいつものようにエスコンでリラックスサーフ。少しうねりが強くなっていた。天気雨が通過した、辺りを見回すと、真上に短い距離で太い虹がかかっていた。
夕刻近く。家に戻る途中に猿のようなキンカジュウ(マリーヤ)を見かける。ハモサで波チェック、ラカーヴァが満潮で良い形の頭半程度のブレイク。奥に進むと無人のトゥリンがクローズ気味のブレイクを見せ、その右側にカレントというか深みがあって、それに沿ったサンドバー、よく見るとパーフェクト・ウェーブが集中している。陽が沈む前とあって、疲れ気味のケーシーを横目にワックスアップして暖かく柔らかい海水に飛び込む。何本かインサイドの重い泡をくぐり、沖に出ると岸から見るよりサイズは大きかった。やはりパーフェクトな三角ピークが次々とやってきた。ダブルオーバーヘッド程度のゆるい稜線の中にもう一つの大きなくぼみが出現し、壁下部くらいからパドリングを始める。完璧なアプローチだったが、波は急に切り立ち、突き落とされ、板ごと真下に落ちてゆく。ラインがとれないまま急降下後、炸裂したホワイトウオーターに吹き飛ばされる。波の中で体が大回転しているが、温かな海水、体幹部に残された緊張全てが絡み合って妙に気持ちがいい。次の波もパーフェクト、さっきよりは少し強いパドリングで波の中に飛び入り、レイルで水を裂きながらボトムターン、大きなバレルに入り込む。強すぎない波、十分な深さのある安全な砂地の海底、夕陽、ペリカンの群、砂を巻き上げるサンドバーの色・・・・それらを一度に感じられる波乗りはひさしぶりで、まるで魔法のようだ。海から上がって、優しい気持ちのまま、よろけるようにしてベッドに倒れ込み、夜明け前まで甘睡する。
約束通りに朝5時に現れたシエィは階上でカイル、ベン、ローガンと話している。ケーシーの支度ができないので先に行くよと部落に向かうと、途中武装した警察のジープとすれちがう。「警察なんかめずらしい」と言いながらシェーン宅に着くと、シエィはそこにはおらず、2件隣にあるチャーリー・クーン宅でビデオを見ていた。ビデオを見終わり、いつまでたっても支度のできないシェーン達に嫌気がさし、先にコーナーを見に行くと言って、ケーシー、僕のシエィ派閥は先に出発。コーナーを見ると昨夕と同様なサイズと風と潮状態だったので迷わずまたトゥリンへ。
またもやトゥリンの魔法が起きていた。見渡す限りに拡がる黒砂に押し寄せるパーフェクトなレフト&ライト。シエィとケーシーはすぐに海に飛び込んだ。彼らの波乗りを見ていると、まるで夢のパーフェクションにいるのかと錯覚してしまう。頭半程度のフェイスを巻き上げるように上から下へと落ちてゆくリップ。昨夕あんなに茶色がかっていた海水は透明度の高いブルーへと変わっている。ケーシーがリーシュを切り、シエィは乗りたいだけ乗って海から上がってきた。その後、また僕はひとりだけでフリーサーフし、ここのポテンシャルを確かめるように高速ターンを続けた。

結局、他のメンバー達は誰も来なかった。後で聞いたら隣群のエストレオでやっていたそうだ。写真が撮れず、良い波を逃した恨めしそうなゴーキンとシェーンの視線がストレスとなる。シェーンにもうこれ以上好きなように動かないでくれ、と釘を刺されるのだが、「こちらからも言わせてもらうと、朝遅いのは勘弁して欲しい。僕たちは毎朝4時には起きているのだから」という意見をはっきりと伝える。どうやら大勢の旅につきもののチームの分裂が始まったようだ。『派閥』と書いてしまったけど、分け隔ては、起床が早いか遅いかの違いだった。車に戻り、デジタル時計を見ると11:11分のゾロ目。そのままレイキ(霊気)キャンプに遊びに行く。ここにはコスタリカン・サーファーのマリアとアンドレアが住んでいる。離れにあるログハウスのマリア家のパテオで話していると、チリ人だという大きな胸の女性が遊びに来た。話が進むうち、ハズバンド(亭主)はビザを持たずに不法滞在していたため、警察の手入れが昨夜あって留置場に連れ去られたそうだ。ところがその亭主は留置場を脱獄し逃げてしまい、現在指名手配されているそうだ。彼女にとって今日は事情聴取の日となり、疲れ果ててしまっている。このレイキキャンプには不法滞在の友人がたくさん暮らしているので、みんなに迷惑がかかるかもしれない、あのバカ亭主はおとなしく捕まっていればいいのに、とこぼしている。物々しい警官隊出現の理由、脱獄亭主というのはあのチリだと言う事が判明した。

夕方はいつものエスコンで、今日は鎌倉・稲村アウトサイドにそっくりなクオリティーだった。帰路、雨雲が切れて、突然美しい夕陽が現れる。夕陽をフィルムに焼き付けていると、ヤブ蚊の大群に襲われた。

またもやウィッシュボーンでマグロ・サシミにインペリアルビールを腹に入れる。もはやクリスチャンは僕たちに注文など聞かない。完全にサシミ中毒状態のようだ。

 

家路へ。

翌朝、間の抜けた、それでいて大きい鳴き声を発する蛙のおかげで目覚める、庭に出るとカブトムシが洗濯物の上でくつろいでいる。シャツから剥ぎ取る時、カブトムシの鋭い爪が指に食い込み、その痛みに少年時代の記憶のかけらがあった。
シェーン宅へ。今日はチーム分裂に怒るシェーンへの妥協案として、遅起きチームを優先する日だ。早起きしてもすぐに海に行けないのは仕事とはいえ辛い。良い波と予想された*エストレオに着いたが、小雨模様。途中ジープのオドメーターが77777㎞を示した。ゾロ目好きにはたまらない一瞬だ。向こうの家から指名手配中のチリが顔を出す。「おーっ、生きていたな!」とみんなでハグ(抱擁)。なんでも川の向こう側になるので警察区が違うため、今のところは安全なんだそうだ。エストレオは遠浅なのか頭半くらいの緩慢な波がだらだらと沖一度崩れそれがインサイドに来ると掘れながらきれいにリフォームする志田下状態。晴れるのを待てないゴーキンが沖に向かう。僕はどうしても写真を撮りたいので、チリに相談し写真小屋を建てることになった。建築途中の民家から2人してトタン板を拝借、針金を使って20分程度で雨に?濡れない小屋を浜に造った。これに気をよくしたのか、ものすごい波乗りをするゴーキンとシェーン達。プロビア400Fで20ロール回す。撮影中にアボカドにトマト、ミネラルウオーターがチリから差し入られた。現地で発掘した有能なアシスタントに感謝し、持っていたTシャツとトランクスの全てを彼に贈呈する。
*ハモサからエストレオの間に小中学校があり、そこで常時やっているスピード取り締まりでシェーンチームが捕まり50ドル(サシミ5枚分)の罰金。
土曜日。今日からコスタリカの公立校が夏休みとなるそうで、午後くらいからハコビーチはいつもの3倍の人出となる。ウィッシュボーンも定位置はおろか満席のため、カウンター席で例のサシミ。その後エスコンでロータイドサーフ、マイナスタイドの不規則なリーフ波。テイクオフ横で突き出てくる岩が恐ろしかった…..。
最終日。夜半降った雨は強かったらしく、ボードケースが脇に流されていた。エストレオは昨日と全く同じサイズと波質。やがて潮が干き、横風も強くなり、未だ潜伏中のチリに別れを告げ、エストレオを後にした。
そのまま向かったエスコンではシエィとケーシーが波乗りするのをぼくが水中から撮るスタイルとなった。少しすると空が暗くなってきた。カメラのメーターは明るさが一段下がったことを表示している。シャッタースピードを下げていると沖に電撃が走り、一瞬おいて「ズガン!」という轟音が後方に通り抜けた。この耳鳴りと視界の点滅は目の前に稲妻が落ちたことを意味していた。シエィ、ケーシーと僕は全力で岸まで戻り、森の下に避難した。どうやら僕達にとってエスコンは雷に始まり雷に終わる場所らしい。幸運にも全員が炭化してしまうところを逃れたようだと、雨音が反響する車内で振り返った。
最後の夜はオスカーの誕生日と重なった。いつものウィッシュボーン、立ち去らない流しの楽団達、大量のインペリアルビールの空き瓶、グワァラ(サトウキビから造る酒)のボトル、夜が更けるまで宴は続いた。
帰国日だけは目覚ましをかけて朝3時前に起きる。全ての荷物をジープに押し込み、サンホゼまでの山道を無事に乗り切り、近代的な空港やエアコンに圧倒されながら、行列に並び、狭く窮屈な(前時代的な)エコノミーシートに無理やり体を押し込む。しばらくして上空から大地の写真を撮る。ニカラグア、ホンジュラス、エル・サルバドール、グァテマラ、メキシコ山岳の稜線。最後にロスアンジェルスが見えてくる。突然、今まであった緑の森が消え、ビルと道路、無機質な四角い建築郡特有な灰色の世界が眼下に拡がった。そしてこれから再開される生活を想像すると、少し身震いするような閉所感覚に襲われた。

 

追記。

この原稿を書き終わったのが帰国7週間後で、未だ放心から抜け出させないでいる。あちらであれほどまでに高まった集中力、沸き立つような気力はどこへ行ってしまったのだろうか?このカリフォルニアの乾燥した大地はまるで、このエネルギーを放電させるかの為に存在しているように感じる。事実未だにコスタリカの精霊は心に宿り、自身のエネルギーを放熱しているのだが、一瞬にしてこの無味乾燥した大地に吸い込まれている。多くの亡霊を抱いているかのように体が重いのだが、波乗りだけはなんとか続けている。これは信心深い信者が通う教会のようなもので、やめてはいけないのだ。
この旅は、行動を共にした優れた友人達と森羅万象の大自然がケメストリー(化学変化)を起こし、天候や波までをコントロールし、全てを輝かしてくれたのだろうと、分析してみる。
この原稿を書く際、断片的な記憶にも困らされた。想い出されるのは湿った暖かい大気と、尽きない美しい波、そしてあのものすごい稲妻閃光の点滅。これらの事象を真摯な気持ちで、真実を誇張などしないように気をつけて書き綴ったつもりだ。
最後にこの場を借り、限りなく深い緑の樹木、極采色を放った花たち、天から落ちる鮮烈な稲妻と充分すぎる水分、そして底抜けの笑顔だった友人達に感謝したい。
『PURA VIDA』。これは『純粋な人生を』という意味で、コスタリカのどの場所でも目にし聞く言葉だ。改めてこの字面をなぞると美しく心地よい言葉に恍惚となる。
ならばこの旅をもう一度ゆっくりと咀嚼し、蒸発し摩耗して消え去るまで反芻してみる事とする。(了、8/21/02)

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