第4章 Can You See Me? 俺が見える?頼むから行かないで、俺から離れないでくれ。君には俺の千年先の未来が見えるはず。(Can you see me, baby? Baby, please don’t leave. All right. If you can see me doing that. You can see in the future of a thousand years.)
偶然3時33分に目が覚めた。大好きなゾロ目で縁起がいいぞと、気持ちよく起き上がりカメラ支度を整えていると、空が蒼くなってきた。またもや快晴。下の海をベランダからチェックすると、あいかわらずのいいーー皮肉的なサイズだったのでローガンを起こしに行くと、ジャラがやってきて、昨日のようなエストリオ結末を恐れ、カリチェ岬に行きたいと提案した。無言で下まで降り、浜から波を見て帰ってくると、「カリチェへ行こう」と決定させた。だが問題があって、漁船をチャーターするには45000コロネス(1.5万円、120ドル)かかり、その金額は全員で折半しても大金だった。決定後に迷うローガンを後に俺は入れるかどうかはわからない抜け穴に向かった。パンカーとジャラがこのギャンブルに参加してきた。無事にゲート内に入り、ハイファイブでお互いを祝福した。だが、崖から見える波は干きすぎで、リーフのほとんどが露出していた。これを見た途端に動きが緩慢となるパンカーとジャラ。ふたりは住宅地プールで昼寝(朝寝なのだが)するという。
ヒトの足跡というのに無縁な浜を独り歩いていると、ある砂模様に気がついた。それはペルーの地上絵のようなもので、平らに乾いた砂浜の上に大量にあり、どの模様の中心にも穴、そこには鋏を立てた赤い蟹がこっちを向き威嚇している。これらは蟹の砂絵のようだ。太古からある芸術的なデザイン、これは花、鳥、ドラゴンフライ(とんぼ)だと評価して、悦に入る。岬突端で見るブレイクエリアには露出した岩盤を波が洗っていて、やはり波乗りは不可能だった。そこで前回に発見したふたつの潮だまり(タイドプール)に行くことにした。ここは深さがおよそ2m、直径1.5m、潮が干くと出現する天然プール。黒い蟹があちらこちらに這い回り、青、黄色の小魚がたくさん泳いでいる。脇の岩から飛び込み、細かい気泡と共に宝石のような光を反射する海面にゆらゆらと浮いていく。無垢で優雅なこの気持ちをどう表現したらいいものだろうか?飽きるまでジャンプを繰り返し、浅い方のタイドプールに行くと、太陽にさらされた海水が温まり、それはお風呂の温度になっていた。2、30cmほどの深さなので、体を横たえ、温泉に浸かるように沈み、目を閉じると、天と大地からインスパイア(鼓舞激励)され、魂は羽をひろげ始めた。
柔らかな眠りに落ちていたようで、突然体が大きく揺れ目を覚ます。上げ潮が湾に入ってきたのだ。ボードを持ち、無人の岬を歩き、チャンネルにサーフボードを浮かべる。極上のポイントブレイクにうねり、無風の天候、潮の入りという事実が重なり、天無上の突き抜ける喜びへの期待に全細胞が振動し、両手が震え始めてきた。
沖に出るとまだ浅く、大きなセットにはダブルアップ、すなわち上と下の段波が出現していた。上段だけで乗るのならいいが、下段波は時によってそのままドライリーフ行きとなる危険なものだった。推測するに、うねりの角度がもうすこし南ならばそのままこの隆起を越えられるのだが、この日のうねりは岩盤に向かって直角だった。そしてインサイドでは、微妙なうねり角度によって水深が無くなり、浅瀬に入り込む波もあった。それらの危険を回避するような波を、テイクオフスポットを探し続けた。大きいサイズだと隠れ岩から泡が吹き出し、そこに沿って波に入れることを発見する。カリチェ岬の強い癖味を味わい、探りながらグライドを繰り返していると、みんなが舟でやってきた。サーフボードとハウジングを交換して水中から1ロール、岸から撮ろうとしていると雲行きが怪しくなってきた。あわてて荷を抱え、車まで2往復し、全ての機材を車内に入れた瞬間に降り出した。「そらが泣いた」と昨日の雨を表現したが、これはそんな生やさしいものでなく、この世の全水分が落ちているようであった。目の前しか見えないゼロ視界の中、なんとか家にたどりつく。時計を見ると2時22分だった。
本棚にあった非常食料であるアボカド2個を塩味のバナナチップスと食べた。純朴な食事に心が洗浄されていくようだ。波で満たされれば、食の楽しみなどはいらないことが証明されている。
雨はさらに激しさを増し、咆哮する雷鳴に脅かされながら深い睡りにつく。ふと目が覚めると時計は5時55分のゾロ目を指している。ちょうど日没時間だ。雨はまだ落ちていて、蚊に刺された足を掻き続けた。少しして、ゴーキン達がガーソンキャンプの夕食から帰ってきた。だがみんなはかなり落ち込んでいる。聞くと今夜は焼きすぎの固く、味の抜けた魚だったそうで、このことを真剣に落胆していた。食事は彼達の唯一の楽しみで、その献立の善し悪しがナイトライフに直接影響しているようだ。ちなみにこのキャンプの食事はローガンが交渉し、朝夕2回で1週間60ドルというオファーを取り付けていた。(ちなみに俺はジョインしなかった)
このガーソンキャンプ、通称デルマー・サーフキャンプはローガン山の麓に位置している。フロリダ出身のレジェンドサーファー、リチャード・ガーソンがハモサで10年前から運営しているプログラム。初心者から上級までを受け入れ、各国から来たゲストサーファー達は専用ベッド、1日におよそ2、3回出動する波乗りで、文字通り寝食を共にし、朝5時起床という厳格で規則正しい日々を過ごす。リチャードはふたりの息子を持ち、その長男が、さきほどのスピーチで登場したローガンの親友カイルである。カイルはショアブレイクで腕の骨を折ってしまい、俺達のセッションには参加できなかったが、裏情報やコネクションで黒幕的な動きをしてくれた。このコスタリカの波で培われたカイルの波乗りはブルース・アイアンズのようにスタイリッシュでパワフル、そして鋭い。なぜか雑誌メディアにはあまり取り上げられていないが、アンダーレイテッドなワールドサーファーの一人と公言できる。
このキャンプは白人が多く滞在し、公用語は英語である。もしあなたがコスタリカで、真剣に波乗りを楽しみたいならここを推薦したい。下手な英語や波乗りのスクールに行くよりは充実した時間を過ごせるし、カイルのような一流サーファーと一緒に波乗りすることは、有意義なスキルアップへの近道となる、というのがその理由だ。
ひさしぶりにみんなが集まるリビングルームに行ってみると、派閥がそれぞれ構築されていて、なかなか性格の混合というのか、興味深いものがあった。あいかわらずパンカーとブラックはそれぞれの孤高を楽しんでいるようだ…。リビングから自分の部屋に戻ると、こおろぎが大発生していた。カリフォルニアにもよく出現するが、いつも手で捕まえて外に投げている。そのようにしたら、コスタリカのはジャンプ力、パワーに圧倒的に優れ、手の中からものすごい勢いで脱出してしまう。学ぶのは虫までが強力なパワーで存在しているということ。
ここで(ジェフ・)ブラックのことに触れることとする。ヴェンチュラ出身、サンクレメンテ在住。19歳。イージーゴー、イージーカム(その日暮らし)、金銭感覚ゼロ、全身入墨、憎しみ過多、だが彼は何かに長けていたーー波乗りは天才であった。蛇に異常に興味を示し、また発見する能力に異常に長けていた。ある夜、走る車上の中から闇に潜む蛇を見つけ、車外に降り見に行くと、巨大なコスタリカン・ガラガラ蛇(猛毒)だった。それを捕まえようとしたのでみんなで制止させた。ローガン達は彼のことを陰でディアブロ(悪魔)・ジミーと呼んでいた。ジミーとはアメリカの学校で備品破壊をする生徒がいて、それはなぜか古今ジミーなのだそうである。そこからきている隠れあだ名だった。サーファーの多くは心が強く、優しい男が多いのだが、彼はなぜかひねくれ、天の邪鬼(あまのじゃく)で陰険。そして怒りやすく、そしてポーカーフェイスの内面のわからない男。実はこれらは本当の彼ではないのだと思うようなエピソードがあり、それはみんながよく通った雑貨屋風マーケットの裏で子犬を見つけ、空腹な自分の食料すら買えないのにコインを拾い集め、または俺達から金を乞い、子犬に餌を与えていた。ある日、「こいつ連れて帰る」と子犬を抱き、車に乗せようとしたので、「自分の面倒が見られないんだからだめ。それにローガン家はいつも人がいるわけじゃないから、こいつ野良犬になっちゃうぞ」と断念させたこともあった。
第5章 Love Or Confusion あれは星、それとも雨が降ってきたのか?もし太陽に触れられば、一瞬で俺を焦がすだろう。広大で、そして真円。(Is that the stars in the sky? Or is it rain falling down. Would it burn me if touched the sun. So big, so round)
翌日はまた朝から快晴だった。この頃から日付、曜日感覚がなくなった。波と風以外はどうでもいいのだ。ニューポートビーチのデイブ・ポストに偶然会う。彼の情報によると、テラザホテル左側のビーチブレイクが昨日からパーフェクトバレルだという。見に行ってみると、ダブルアップバレル、例えるならとてもいい日のソルトクリーク、レギアン、または1980年代の新島状態だった。右からやってきた西うねりが左正面からの南西と重なり、浅瀬にヒットし、黒砂を巻き上げながら濃厚なバレルとなり、スピットを吹き出している。ここではゴーキン、Pスクエア(パンカー・パット、略してP二乗スクエア)と自分で呼び始めたパンカー、連日の揉め事で体力を使い果たしているブラック、ジャラ、ブラッキーが沖にラインナップした。水中で彼らの急斜面での高速滑走を撮る。叩かれ、弾かれ、巻き上げられ、回転し、方向感覚を失い、高笑いするという、さながらジェットコースターに似た波内部のエキサイトメント。セッション中盤でジャラとブラックが板を折り退場。その後フォトセッションは終了し、残った俺は一人バレルを味わい、合計6時間に及ぶ砂まみれセッションを終えた。ここで巻かれる際に高速回転する様子がブレンダー(ジューサーミキサー)みたいなので、ゴーキンがここをブレンダーと名付けた。広く、焼けた砂浜を走り渡る際にほんの少しだけ残った体力の全てを放出してしまい、木陰でへたり込んだ。多くのバレルをくぐり抜けた満足感や、腹が昇るようなスピードサーフィング、その魅力を刻み、確認し、昼睡した。
最大級の空腹のため、ハコビーチのウイッシュボンというレストランまで車を走らせた。このサシミプレートに昨年はまり、毎日通い詣で、スタッフ全員の顔と名前を知った。FHMという男性雑誌のおみやげを渡し、店長のハポにローカルが普段ランチで食べるものを、とオーダーす?る。レタス、トマト、オニオン、ニンジンのサラダ、コスタリカンライス&ビーンズ、目玉焼き、とうもろこしで作られたトルティーヤ皮、そしてペスカド(フィッシュの意、このときはキハダマグロ)の大きな切り身をあぶったものが大皿に乗せられてやってきた。『リドル』というコスタリカ特産の辛いソースをかけて食べ、うまい!と痺れる。食の愉しみに浸り、調子に乗って生のパイナップル、パパイヤ、オレンジ、マンゴを入れた生ジュースをジョッキで一気に飲んだ。その後気分は悪くなり、食べ過ぎがいかに胃にストレスをかけるのかを知ることとなった。
レンタカーのクラッチが切れなくなったので、ハコビーチ・オフィスで車ごと交換をしていると、陽はあっという間に落ちてきた。日没まで30分あったので家の下の、いつも波チェックを始める場所、通称バックヤード(裏庭)に向かった。潮が大量に上げてしまったため、湘南の極上版といえる頭オーバーの滑走を楽しんだ。トランクスで海に入るといつも気がつくのだが、体につく大小の泡がはじける時、なんともいえない官能的な感覚となる。これはウエットスーツを着ていたら味わえないのだ、と目を細める。陽が沈み、雨が降る寸前という雲の下、車まで戻ると、ヤブ蚊の大群におそわれた。昨夜刺された場所に加え、数十にもおよぶ痒みと恨み。
部屋に戻り、荷を片付け、窓の外を見て、雨が降らない日もめずらしいと感心していると、それが聞こえたかのようにどしゃりと降ってきた。お決まりの雷鳴を轟かせ、壮大に激発している。今日やるべきことは全て終わっているので、これはむしろ心を弾ませてくれる雷雨だった。緑茶を煎れてのんびりと、ここで起きたことを回想する。それらストーリーにまつわるコントラストの強さがここ中米の気象の激しさに関連があるような気がしてくる。全ての事象は自然の営みに絡みあっているのだろうか?
第6章 Hey Joe. ジョー、これからどこに行くんだ?ジョーを追いかける皆の後ろを走る。(Hey Joe where you gonna run to now, you gonna run to joe, run behind everybody.)
少しサイズダウンした波が朝日に輝いている。いつまでたっても支度のできないメンバーに — 多人数の旅となると必ずこうなってしまう症候群 — 待ち合わせ場所をブレンダーと伝え、出発した。ブレンダーはハイタイドによってバレルは潜められていたが、その昨日の狂乱に似たパーフェクションを見せ、「完全なビーチブレイク」と呼ぶにふさわしい無人波だった。それは深度を持って崩れる波特有の太った色気のある斜面。見回す限り青空が広がり、南に大きな木が一本だけ浜に立っていて、その上に小さな雲がぽつりぼつりと重なっていた。やがてこの雲は湿気で膨らみ、雨雲となるだろうが、そんな巨人の片鱗すら見せてはいなかった。深いチャンネルを使い、海に漕ぎだした。見渡す限りの太平洋と、泰平な時間。ペリカンが海面近くを飛んできて、羽で大気を切り裂き、口笛に似た音を立て通り過ぎていった。黒い砂浜、その向こうには山々があり、深緑、黄緑、麻黄、白緑、若緑、浅緑、新緑、濃緑、暗緑、山葵色、鶸色、萌葱、鶸色、鶯色と、多種多様な緑を知る。柔らかい温かみ、尽きない楽しみの拡がりを思うと、ロスアンジェルスの喧噪やイラク戦争、ローワーズの大混雑が彼方遠くに離れて消えていった。そんなことを感じながら一掻き、また一掻きと、自由に伸びやかに漕いでいく。大きなうねりが何本もやってきたが、それらは泡を立てずにサーフボードの下を這い進み、岸に向かっていった。胸が高鳴り、沖に向けてパドリング速度を上げていく。波の極上を取りそろえているような、完全波の見本市であった。こんな日は、うねりの速度にあわせて波の表面に入り、カービングをゆったりとゆっくりと、そして確実に楽しむのだ。滑らかで、なかなかめくれ上がらない斜面は、サーフィングと出会った頃に夢に見た波のようだ。速度が速まるとテイルが浮き、それを沈めながら次のターンに移行する。砂浜は目前となり、最後のラインからキックアウトすると、お湯の海に浮かぶ。ブレンダーは誰も寄せ付けないような激しいバレルと、穏和で明確なブレイクの2面性を実現していた。うねりと砂、潮、風、季節が織りなす必然的な、しかも偶然の結果だった。この波との出会いによって、波乗り世界の無限に散らばる歴史的なドアが開いたようだ。
その感覚世界に入り込んでいると、ゴーキン号、そして同型同色のジャラ号がやってきた。2台は板をルーフに積んでいるかいないかの違いだ。相談の結果、波に激しさを求めようということになった。カイルによるとこのうねりの向きは、南下するほど大きいそうである。ただ道の終点に河口があって、最高のレフトが走っているが、そこは鰐がラインナップに大量に棲んでいるという….。国道脇の海岸線に平行した砂利道を南下する。見通しが良いダート道、のんびりした平穏なドライブ。林から時折見え隠れする波を見ていくと、なるほどサイズが上がっていく。ある程度行ったところで増水した小川があり、流れによって削り取られた川幅によって道路は陥没させられそうになっている。今はまだ通れるが、次の嵐でこの道は海に流れ出る運命だろう。その川は砂浜に大きな段差を付け、地形を変化させていた。それは沖の砂地にも影響しているようで、砂鉄黒砂のバンクを左右一対に形成していた。
ゴーキン、パンカー、ブラック、ブラッキー、ジャラが右側のピークの、甘いライトに漕ぎ出ていった。最近の悪事のせいなのかはわからないけど、パンカーが1本目の波で手に板を当て退場、そしてその喧嘩相手のブラックは板を折り、砂浜でふて寝している。悪童たちに降りかかる災難に、わかりやすいカルマを感じ、少しうれしい。残りのサーファーのバレルを泳ぎながら、波に叩かれながら焼き付け続けた。ちょうど潮の干きと重って、流れがより強く、まるで川の中のようだ。セッション後半、36枚撮りフィルムが残り6枚となり、周りが波立ってきたな、と感じた瞬間に岸が離れ、それはあっという間に遙か遠くの景色となり、沖に流されていった。全力で泳ぐのだが、泳ぐ速度よりも流れの方が速い。もちろんライフガードはいないので、体力を温存しながらその狂ったリップカレントから離脱し、冷静に、気持ちを切らないように泳ぐ。途中でビデオグラファー、パーキンスを発見、彼もまた流されたようで懸命のようだった。陸は近づき、流れがまたやってこないことを祈りつつ、浜に着く。疲労と興奮、鎮火によって体が痺れていた。普段体を動かし続けたことが、こんなときにリワード(獲得)する。同じように安堵しているパーキンスまで近づくと、地上に戻れた喜びで「やばかったな。プエルト(メキシカンパイプラインで知られるプエルト・エスコンディード)のリップカレントもこうなんだ。でもここのほうが極端だ」と視線を沖に向けたままこの言葉を繰り返していた。
浜にしばらく座り、尽きない波を眺めていた。水深が全くないショアブレイクに炸裂する轟音は振動となり、ここまで響いてくる。上げ潮の、水分をたっぷりと蓄えた黒い砂浜が波に怯え、叩かれ、喜び、消沈する。その炸裂の末裔、いまだ生き残っている白い泡と黒砂の対比が美しい。無数の泡は、この現実を、丸く歪ませて映してははかなく消えていき、それは俺達に生のはかなさと脆さを教示しているかのようだった。
車に戻ると、薄情なクルー達が流された俺達を置き去りにしていた。朝食場所であるガーソンキャンプで追いつくと、遅いと思っていただけで溺れていたとは誰も知らなかったそう。あのまま流され続けたら危険だった。冷めたフレンチトーストを口に頬張り、キャンプ東に降りて小さな林を見つけた。冷んやりとした木陰の甘い香りと、蝉の声に幼い頃の風景が蘇える。そこで優しく澄んだ青い瞳の馬を見かけた。彼女の横にはマンゴの樹があり、その熟れきった果実に蝶が触口を伸ばし、甘い汁をいつまでも吸い続けていた。また、クワガタの頭部、トンボの羽根(縦位置だが)が生えた不思議な虫を発見し、写真を撮ると、シャッター音に驚き、林の奥に飛んでいった。この虫を絵に描き、説明するのだが、カミキリ虫を見まちがえたのだろう、と誰も信じなかった。
車を持たないパーキンスのために銀行、パン屋、ピザ屋、スーパーマーケットと回っていく。このパーキンスはゴーキンと同じ街の出身(フロリダ州ニューサマリナビーチ市)で、現在サンクレメンテの、ネイトやロボの集まるたまり場に住んでいる。お互いを8年位知っているが、旅をするのは今回が初めてだった。ここには書けない少年ゴーキンのパンクなエピソードで盛り上がる。
車に買い物袋を積んだまま、バックヤードで波乗りしていると、そらには暗黒の雲が立ちこめ夕立がやってきた。頭上でドドドドゥドロドロドロゥと雷を蓄えている。去年の落雷事件(シエィとKCと俺が波乗り中、落雷が突然、至近距離に落ちた)を反射的に思い出し、怯えた俺は車に戻った。湿りきった車の中でパーキンスにその顛末を説明すると、「一発目じゃ逃げようがないな。炭になって死ぬとはどんな気持ちなんだろう?」と、窓を見つめ、雨の放牧地を、またはその向こうに滲む国道を眺めていた。 »PART3へ