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【naki’sコラム】vol.3 ロマン主義者たちの冒険/フィジーの向こう側、南東諸島編 PART2

翌日、うねりは大きくならなかった。トウィタイ号は次の最終目的地、最東端の第三の島に出発する。この島を離れる瞬間、島を取り囲むよたよたとした白波を沖側から見ていると、ある箇所だけ高く泡が跳ねていた。

フィジーイメージ

「あれは絶対に乗れる波だ」と協議の結果、そのことをキャプテンに説明し、転回し近づくと、鋭いレフト波が途切れずに割れていた。だが、浅い岩礁の上で直接崩れている。2日間波乗りをしていないマットは「とにかく入ろうぜ!」とパドリングで向かい始めた。俺もカメラをハウジングに詰め、ラインナップに行き、潜って地形を見ると、浅いところは膝腰、最深部でようやく2m程度の珊瑚礁の密林だった。その岩礁の亀裂によって波面をひねくれさせている。そのねじれたピークからマットは降るようなテイクオフをし、レイドバックでバレルを何度もくぐり抜けた。ブラックは岩は全く恐くない、と得意のはったりをきかせるのだが、最初のバレルで背中を傷つけ戦意喪失した。ジャラ、アッシャー、カイル、ロボ、トリーも続き、その8万年とされる波面の静寂を切り裂いた。キッド(ここでは大きな子供)というあだ名のランディは、すくんだように沖で波を待ち続け、結局いくつか安全なのを乗っただけだった。ここから彼はあまりセッションには参加せず、独りで本を読んで過ごすことが多くなった。いわゆる旅を楽しめない、いわゆる【負け組】となってしまっていた。余談だが、寄せ書きを最終日に書いてもらったが、ランディは[サンタクルズ、友人、ガールフレンド、ホームシック…]とあり、その大きな体はこの頃から船旅の不安に侵されはじめていたようだった。
例によって波に名前を付ける段となり、あまりの浅さに『カンニバル(食人種)ズ』と名付けられた。ここはブラックと親戚または同類項だな、とチャドは言ってはいけないこと(ブラックが最近の喧嘩で相手の指を噛みちぎり食べたことがある、という噂)を言い、悪童ブラックに火が点き、コスタリカから続くおなじみのとっくみあいが始まった。ちなみに次点は、『クロス(十字架)』。これはマットが昔から大事にしていたお守り系のクロスペンダントをここでなくしていた。

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移動の際に大魚を狙ってトローリングをした。フィジーチームはロープの先にマグナムサイズのホッパーを付けてシイラやブルーマーリンをフッキングさせた。オーストラリアの釣り達人アッシャーとジャラは、複数の釣り竿と、大きなタックルボックスを持ち込んでいた。そして手製の、または市販の鮮やかな色のジグや巨大なプラステックグラブを流し、バラクーダや珍しい美味魚ワフー、そして120kg/2m級のストライプマーリンをしとめ、ジャラ、アッシャーが交代で引き寄せた。取り込みの際、金属製のギャフを使ったのだが、そのマーリンの重さに耐えられず一瞬で曲がってしまった。そこでこの勇ましい猛魚のエラにロープを巻き付け、クルーが4人がかりで船上に引き上げた。大歓声の船上で、「俺たちは人生最大の魚をしとめた!」と目をぎらつかせていた。これには後日談もあり、マットが「実はあのマーリンは俺が糸を引っ張り、釣れろ、と祈ったらググンとかかり、竿で合わせたらすごい衝撃がきた」と、俺とオードリーに告白し、ジャラに確かめると、「マットがフッキングして、俺に竿を渡してくれた」と素直に認めた。これでまたマットのスーパーマン・エピソードをひとつ増やした。トゥイタイ??ェ操業16年という歴史において、初めて水揚げされたストライプマーリンを解体しながらヴァラシコが「マーリンは、まだ食べたことがないけど、まぐろの王様なんだよ。本マグロよりおいしくて、トーキョーで高値で取引されているからこれを持っていったらお金持ちになれるさ」と言う。そういえばマーリンは誰も食べたことがない。きっと銀座の一流店だけで取引されているのだろう。だが、熱狂するはずの刺身パーティは、誰も一口も飲み込むことができないほどまずかったことも記録しておく。

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夜明け前に船の音が小さくなった。陸だ!と確信し、闇を這い、デッキに登ると、暗い島影が薄明の中で浮かび上がっていた。一度部屋に戻り、まだ寝ているケンウオージーに「着いたぜ」と声をかけると彼は片目を開け、「そうか」とかすれた声をひねり出し、睡りに戻っていった。
カメラを用意し、デッキまで上がり、他の島と変わらない深い森の緑色で覆われた地形を眺めていると、突然大きな虹が出現した。ハワイでは虹は幸せを運んでくるという伝説を聞いたことがあったので、ハワイアンのトリーにその虹伝説を聞くと「そうだよ、この島でいい波に当たるかな?」とうれしい回答。かなり深さのありそうな湾に入り、ライトとレフトの波が湾両側遠くでブレイクしているのを発見し、歓声が上がった。イエンは「6フィートだ!」と件の言葉で興奮を表していた。その波を見て、いてもたってもいられなくなったマットとブラックがサーフボードを持ち出そうとし、イエンに「酋長から許可を取ってからしか海に入れないのを忘れたのか!」と釘をさされた。
島で唯一という堤防/桟橋にトゥイタイはくくり付けられた。この港には人影はなかったが、豊沃な山肌に存在する無数の椰子が天に伸び、白い雲がそれを支えていた。
この堤防兼港の南にあるヤロイという村に向かい、献上すべき貢ぎ物をゴムボートと、平底ディンギー2艘に積み込み、部落がある砂浜へ乗り上げた。この村には大きなキリスト教会があって、民度の高さを象徴していた。実は最初の島からそれぞれの酋長にお願いして、各酋長の肖像写真を撮らせていただいていたのだが、このアリパテという戦士のような男はかなり撮影に協力的で、「娘も撮ってくれ」と写真をせがみ、「この島の波はどうなんだ、いいのか?」とかなりフランクだった。
まだ乗っていないのと、出会う波全てに懐疑的なケンウオージーが代表して「いい波ですよ」とだけ社交的に答えると、アリパテ酋長はその大きな瞳をぐるりとさせ、「毎日が大きな波の場所があるのでそこに案内しよう」と流暢な英語で言った。イエンがすかさず「それでしたら明日の昼頃ここまでお迎えに上がります。母船を出しますので、ぜひそこに連れて行ってください」と言った。他島の酋長は、俺たちに対し少々の警戒を感じていたようだが、このアリパテ酋長はそんなことより、見るもの聞くこと全てに興味がある人のようで、波を紹介することで歓迎を示してくれているようだった。

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この酋長と過ごした時間が思ったより長く、日が暮れてきた。無風でオレンジの下、平底船で本船に戻る途中に朝見た湾入り口の波を見に行こうと、沖までいくとブレイクに人が見えた。近づくとそれは完全なる波で、海面より低く掘れたバレルだった。しかも包まれているサーファーのメイク率は100%、円弧内に包まれ、次々と放出されていた。そのチャンネルでローガンがビデオを回しているのが見えたので横に付けると「最高だぜ、へへへ」と笑顔が振り向いた。リスペクトに口うるさいイエンが怒り顔で許可のことをローガンに尋ねると、「大丈夫!無線機を使って、儀式終了とウエインから聞いたんだ。イーエン、俺を信用してよ!」とこちらをまっすぐに見た。ケンウオージーと俺は、無風で鏡のように滑らかな波を標準レンズで焼き付けた。俺たちはどうしてもこの波に乗りたかったが、母船にボードを撮りに行くには時間がなかった。その夜は「完璧波」の話題で持ちきりだった。「想像以上にパーフェクトだからどこまでも奥から行っても、メイクできるんだ」とはジャラ。
アッシャーは「2段波でテイクオフするんだ。うーん例えようもない波かな」。
「少し西オーストラリアのボックスに似ているかな」とは充足した表情のカイル。
トリーは「ベルジーランドがもっと角度を付けたような波」と評した。
儀式参加組で俺同様波に乗れなかったマットは異様に悔しがり、「ナキ!明日は明け方から行こう!」となり、ゴムボート操縦人兼機関士補佐のウエインに明日は早く起こすからな、と念を押し、早々とベッドに入り込むのだが、興奮しているため、なかなか寝付けなかった。

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翌朝、まんまと早起きしたマットと俺は、昨日と変わらない沖の白波と無風を確認し、みんなの寝ているうちに秘かに出発しようと試みたが、トイレに起きたトリーに発見され、これをアッシャーも知ることとなり、結局全員を待ち(これを恐れていたのだが、結局30分以上もかかった)、出発したのだった。この完全なる波で水中撮影をするにはスポットはひとつしかなく、ケンウオージーと俺は順番で撮ることとなった。その際[ガンガンシャッターを押すこと。もし1ロール撮り終えるまで時間がかかるようなら一度ここ(平底船)に戻り、交代する]という約束をして、俺が最初にこの究極波に泳ぎ出た。そして全てのバレルでシャッターを押し、36枚完璧に取り終え、たった20分で交代した。ケンウオージーも同様に撮り始めたと思ったら戻ってくる。完璧な高速バレルは全員に悦びを与え、なお余っている。ボートから望遠レンズでかなりの数のシャッターを押し、さらに水中から2ロール回し、今度はサーフボードを持って沖に出ると、マットがみんなに「普段波乗り出来ない人(ここではケンウオージー、ローガン、そして俺)が海に入ってきたら波を譲ってあげようぜ。彼らはあまり波乗りできないから好きなように乗せようぜ」と神の訓辞のような言葉をいただき、俺たち撮影隊3人に優先権がある乗り放題の1時間となった。
さて、その不思議で奇天烈(きてれつ)な波には、いつのまにか『ディーパーズ』と名が付けられていた。ピークから行くと、ストールし、そこそこバレルの雰囲気は味わえるのだが、深く入り込むには至らない。そこでテイクオフポイントを少し奥にセットして、さらに奥へと進み、最終的には逆方向、レフト側から波内に飛び入り、その筒内を高速で走り抜ける、というマニュアルができた。とにかく奥へ奥へ、英語で言うところのdeeper, deeper!ディーパー、ディーパーだ。そのうち、誰ともなくこの波をディーパーズと呼ぶようになった。この名前の由来はここからである。

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マットは世界中の波を見てきたけど、こんなおもしろい波は見たことがない、と称した。
昼過ぎ、桟橋に接岸されていたトゥイタイは酋長を迎えに行ったゴムボートを収容し、歓喜のセッションから戻らない俺たちを直接迎えにきた。そういえば酋長の秘密スポットに案内してくれる約束の時間だった。酋長にディーパーズの良さを「世界クラスの波ですよ」とケンウオージーが伝えると、「本当か!この島は有名になれるのか?」と聞いてきたので、「あなた達が望むなら私たちが有名にしてみせましょう」と答えた。
もし彼らが望むなら、ここをタバルアのようなキャンプ地にすることだって可能だが、この純粋な土地で、それを想像するだけで厭(いと)わしい気持ちとなる。
レストランに戻り、ローガンたちが集まっているテーブルに座ると、ディーパーズでの盛宴を中断され、顔には出していないが、口々に「非サーファー(酋長のこと)の大きいという波は通常オンショアのぐしゃぐしゃだろうね」と、酋長が導く波へのひどく薄い期待を小さな声で話していた。マットと俺はそれには触れずに窓の外を見た。

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島の南東側に出ると、外海までもが無風だった。島のこちら側はうねりが高く、手前から左手に壮大なブレイクが4つほど島に向かって姿を現している。右手側には視界の届く限り波、波、また波だった。あまりの波の数と、質に全員が口を開けている。酋長の顔をほぼ全員が同時に見ると、にこやかで大きなその笑みがたっぷり振りまかれた。さらに酋長推薦のパス脇ライトに近づくと、完璧なる波が絶え間なく押し寄せてきている。マットが例によって最初に飛び込み、アッシャー、ロボ、ブラック、トリー、ジャラ、カイルと順に続き、マットを追って奥のピークにパドリングしていった。俺とローガン、ケンウオージーはチャンネルに船を浮かべて、それぞれの撮影準備にかかった。俺はハウジングを持って泳ぎ出る。カレントがすごく、あっという間に沖に持って行かれそうになった。甘く見てはいけない、あと10m浅瀬から離れていたら、強烈な流れに沖まで持っていかれただろう。いつものようにマットが最初の波に乗った。壁の中央で張り付くようなテイクオフをメイクし、そのまま深く大きなバレルに包まれている。まるで機械に制御され崩れているようなパーフェクションは、そのままスピットというバレル内部の破裂によってマットを波の中から外に押し出した。これがここでの記念すべき歴史上第一本目の波だった。それを見た全員が叫声を上げ、真から満悦した。狂喜の波にまた一本、そしてもう一本と各々の波乗り伝説を上書きしていった。リップをかいくぐり、スピットに包まれながら1ロールを取り終え平底舟に戻る。
岸寄りに浮かぶゴムボートに乗り込んで見学している酋長を見つけ、親指を立てながら「グレイトウエーブ!!」と声をかけると、彼は世界最高峰の波乗りを生で見て、眉を上げ、目を輝かせて『サーフィング』というものに純粋に感動していた。
無風だった風が横からとなり、やがて強く吹いてきた。いつも思うことだが、好い波はいつもはかなく無情である。イエンが言うにはこの風は季節風であるトレードで、長時間、そして強く吹くことが多いと、低くうらめしそうに嘆いた。
マットが戻ってきたので、この波を分析してもらうと、メンタワイのHTに似ているが、こちらのブレイクの方がさらに良いという。
メンバー全員が、あの一本目に刻まれた印象から「ここの名前はどうしてもマットの独断と偏見で名付けて欲しい」、となった。このときマットは珍しく照れ、「ナキサン・リーフ」と俺を茶化した。そして荒れた海面を見て、真剣な顔に戻ると、「ここは酋長(チーフ)が連れてきてくれたから、チーフ’ス(酋長のもの)と名付けよう」となり、この美しいブレイクは【チーフス】という名前がついた。蛇足だが、後日、酋長に敬意を称し、この名をフィジー語のラトゥーズ(Ratu’s)に変えた。貿易風は強くなりこそすれ、止みそうもないので、日没を待たずに港まで戻りはじめた。
帰り道、地図だとナイカシィ岬の先に2つの連続するポイントを持ったレフト波を発見した。
トレードウインド(貿易風)を山々が遮り、なおかつオフショア風。レフトオンリーだが、これまたメンタワイのイーベイによく似ていた。だがかなり浅く、うねりによってはダブルアップがそのままバレルとなる。沖のファーストピークは速すぎるのか、ものすごい勢いでリーフに砕け散っている。サイズを変えずに進むうねりは、セカンドセクションでも同じように上から下までボウルとなる極上波。
マット、ロボがこのブレイクを先取りしようと先に飛び込んでいった。結局ここはこの貿易風の間ずっとお世話になるレフトーーただ水深がほとんどないためワイプアウトをすると、背中にフィジアン刺青と呼ばれる切り傷を珊瑚礁によって入れられるーーだった。この名前を命名する際にこの忌まわしい貿易風を避けてくれるのがありがたい、と「ありがとう/thank you」のフィジー語『ヴィナカ/Vinaka’s』と命名された。

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ここディーパーズ、ヴィナカで波乗りを、生活を繰り返すうちに【創世記】とい書物を思い出した。深い闇、高い陽と、はるか彼方まで拡がる海がここにあった。目に焦点を入れ、自分の生きる世界に戻ると、本の中で思い描いた風景を映し出している。大洋の上、ささやかな小舟から、波を撮る自分を高い位置から見下ろすと、山から抜けた風の一群が横から吹き、舟がよろめいた。我に戻って気を入れると、無限に散らばる精霊がこころに入り込んだのか、海はより青く、雲は白さを増し、波はさらに美しくなり、ここにいる偶然と運に感謝した。
さて、福運をもたらしたアリパテ酋長は、俺たちはもちろんのこと、トゥイタイ号をひどく気に入り、朝に夜にお供の者たちと山から掘り出したタロイモとカヴァを竹で編んだ籠に入れてやってきた。船長以下総出で接待をし、酋長は船での食事が気に入り、ほぼ毎日3食を船内で食べていた。村人も総出で毎晩カヴァパーティを堤防で催したり、釣りの穴場を教えてくれ、旅行者、村人に友情が芽生え始めた。
終日満たされ、ラムで酔った体をなんとか移動させ、潮くさいベッドに潜り込み、丸まった毛布を闇で拡げ、胸まで持ち上げると、意識は廻りながら沈んでいくように痺れていった。»PART3へ

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