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naki's blog

【naki’sコラム】vol.5 ロマン主義者たちの冒険 / コスタリカ編 PART1

プロローグ。

南カリフォルニアを覆う稀薄な雲、お決まりのラジオ渋滞速報、弱々しい波、全ての雑踏に嫌気がさしていた。人生はもっと奇怪かつ鮮烈なのではないのか? いつもの自問自答が始まる。そして何も変えられずにそれを黙殺していく、いつもと何も変わらない時間が過ぎてゆく。
この旅 — そもそもの起こりは友人のシェィ(ロペス)がコスタリカに家を購入したことで始まる。僕はこの波乗りだけで年間3千万円以上を稼ぎ、世界ツアーや取材旅行などで北、南半球を移動し続ける男が最近手に入れた場所に興味を持った。彼は、6月のフィジーと南アフリカでのWCTの合間に4週間のブレイクがあり、そのチャンスに引っ越すという。「じゃあ僕も行くよ」とエアチケットを手配した。それが伝わるとシェーン(ベッシェン)、ゴーキン、ケーシーもが便乗してくる事になった。シェーンによると、既にヴォルコムの秘蔵っ子のオジー・ライト、ベン・ブラフが5月からそこに滞在しているという。
個性的なサーファー達、この僕にとってタイムリーな企画、その聖地を想像するだけで震えがくる。炎天、曇天、風雨、壮烈な夜明け、炎熟する夕陽、月夜、闇夜、星空、豊饒な山海大地。自身の乏しい経験を元にありとあらゆる事を想像し、この弱りきった精神を挑発しようとするのだが、全ては剥ぎ取られてしまう。
抑圧された意識で過ごす幾多の夜が通り過ぎ、ようやく出発の日がやってくる。

 

この旅における主要メンバーの紹介。

シエィ・ロペス:フロリダ州、インディアナロックス出身のWCT連続7年目ベテランの28才。コスタリカ在住。機知に富んだ騎士。コリー・ロペスは実弟。
スポンサー:ロストサーフボード、サイバーウエットスーツ、ホーヴェン、バンズシューズ、ダカイン、アストロデッキ。

シェーン・ベッシェン:サンクレメンテ出身で現在はオアフ島のロッキーポイントに居を構える。元WCTランカー、無冠の帝王。物静かな情熱家。ノア(2才)の父でもある。ギャベン・ベッシェンは実弟。30才。
スポンサー:HICサーフボード、サイバーウエットスーツ、FAB、DVSシューズ。

ゴーキン:フロリダ州ニューサマリナビーチ出身、24才。本名アレン・コーミケン。シエィの愛弟子で昨年までサンクレメンテにいたが、現在は住所不定で放浪中。21世紀に入って間もなく、世界で初めてロデオ(ゴーキン)フリップをメイクしたことで世界中に知られることとなった。
スポンサー:ロスト、サイバーウエットスーツ、FAB、プロライト、オサイラスシューズ。

ケーシー・カーティス:サンクレメンテ出身、31才。身長185cm、体重95kgの巨体サーファー。この大きな体から繰り出すパワーターンと、熱くなることを信条とする熱血漢。
スポンサー:ロストサーフボード、ワンウエストクロージング、カデンスウエットスーツ、ロックボックス、ホーヴェン、ダカイ?刀Aキラーダナ。

オジー・ライト(オスカー):オーストラリア、サウスナラビーン出身、異才エアリスト。世界を放蕩してユートピアを探しているとのたまう漢。才能豊かなペイントアーチストでもある。
スポンサー:ヴォルコム、インサイトサーフボード、DVSシューズ、アリーダウエットスーツ、エレクトリック。

ベン・ブラフ:ニューポートビーチ出身、現在はハワイ島に居住。ヴォルコム専属のスーパーメロウなアーチスト。
スポンサー:ヴォルコム、M10サーフボード、エトニーシューズ。

カイル・ガーガン:フロリダ州出身、24才、コスタリカ在住。父がコスタリカでLOMA DEL MARサーフキャンプを運営しており、物心ついた頃からコスタリカに居住。アンダー・グラウンドだが、彼の鋭く重厚な波乗りは特筆すべきものがあり、一見ブルース・アイアンズのようである。
スポンサー:ウースターサーフボード、ロンジョンサーフショップ。

ローガン・デュリアン:ニューポートビーチ出身、23才、通称チャッキー。優れたビデオグラファーでもあり、世界中を旅している淡々とし、かつ鷹揚なサーファー。コスタリカにはチャッキーハウスと呼ばれる豪邸をハモサ山頂に所有し、サーファーに貸している。(日本からのサーファーも大歓迎、詳しくはカスタマーサービスまでお問い合わせください。)

 

本編

都会の人間は袋の中の石ころ。どれもこれも同じだ
サマセット・モーム (Somerset Mangham 戯曲、脚本家 フランス 1874-1965)

2002年6月22日午前1時。

3時間遅れのユナイテッド機がようやくロスアンジェルス国際空港からガテマラ/コスタリカに向けて飛び立つ。座った瞬間に気絶状態で眠る。気がつくと機は上空で激しく揺れていた。くぐもった声の機内放送によると、もうサンホゼ/コスタリカに着陸するようだ。グァテマラで一旦トランジットしたことすら気がつかなかった。あまりの速さに「まるでマンガだね」と伝えるべく横を見ると、ケーシーは焦点の合わない目で前の座席の背を見つめている。
サンホゼ空港で四駆のジープ・チェロキーを借り、シエィの住む太平洋に面したファロ・エスコンディーダ(以下シエィの省略語からエスコンとする)に向けて山道を走らせる。純白で巨大な積乱雲、遥か彼方まで抜けるような青い空、深い緑色を基調とし、雨水が流れ出る場所は赤茶色の大地と、背丈以上もある雑草。忘れかけていた蝉の声、これらの原始的な風景に恍惚となる。ふと、映画ジュラシックパークのロケ地だったことを思い出す。うれしそうに話を弾ませるケーシーによると、エスコン岬は沖に突き出る最高質なリーフブレイク。ライト&レフトの両方を持ち、ジャックアップするピーク、レフトは内側にベンド(曲がる)し、ライトは長くリッパブル。ただ水深は極めて浅く、干潮時には直径3mの岩が突き出てくると脅かされた。そのブレイクを見渡す住宅地にシエィ家は位置しているらしい。ちなみにここはゲート/門番付きで?A居住者しか進入できないため当然サーファーは限られている。そこまで、道幅一車分しかないオンボロ木製橋を渡り、静穏な牛の放牧を眺めながらの愉快なドライブとなる。(*ジープ・チェロキーは2週間借り、保険込みで475ドル)
空港からたっぷりと2時間程かけてエスコンに着くと、「シエィ夫妻はカリチェ家にいるよ」と門番。このカリチェさんはコスタリカ人のサーフ・パイオニアで、『ウィッシュボーン』というレストランを奥さんのクリスティとハコビーチで経営している。このレストランについては頻繁に後述するので、ここではあまり触れずにおく。カリチェ家はエスコンを真上から一望できる位置にあった。うねりは頭程度あるのだが、ハイタイドのためブレイクしていない。午後の干潮待ちの合間にシエィの新居に向かう。新妻のドーンが「建ったばかりで越してきちゃったから本当に何もないんだ」と言う通り、電気ガスも何も無い状態だった。シエィ家に泊まることをあきらめた僕たちは、まずはウィッシュボーンへとランチに向かった。店内では偶然にもカイル、ベン、チャド、ローガンがいた。大皿に乗ったマグロのサシミ(10ドル)に大満足し、さらに巨大フィッシュブリトーを喰らう。カイル達の波情報によると、ハモサ周辺で頭半前後だが、今日は風が入ってあまり良くないとのこと。気を取り直し、ローガン家(プール付き7ベッドルーム)の空き部屋を見せてもらうことに。そこは山頂に位置しているため、僕たちは急傾斜の一本道を四駆で駆け上る。太平洋と森林が一望できるリビングルームの壁に、目を引く大きな鳥の絵があり、オスカー(オジー・ライト)が先週ペイントしたものだという。オスカーは情報通り先月からここに滞在しているようで、ガレージには塗料缶、ペイントされたサーフボードが散乱していた。この家の雰囲気、住民のバイブレーション全てに満足した僕らは空部屋に荷物を運び込んだ。
まるで飼い猫のように近寄ってくる鼻の伸びたピゾテ(ホワイトノーズ・コーティ)、排水溝を覆い尽くすほどの、なぜか同じ方向に進む大量の赤い沢ガニ、目しか動かさない人慣れしたグリーンイグアナを横目に板を抱え、熱射の日差しを避け、日陰を伝い歩きながらエスコン岬へと向かう。原生林を従えた森の先のまっ白な砂浜には何処からか流れ着いた未だ濃緑の椰子の実が転がっている。ここで爛々と輝く瞳を持つマティ・ロペスというシエィの実弟に出会った。ロペス家の血を引くこのサラブレッドは小学校3年生と思えないほど落ち着いた物腰で僕に接してきた。「コリー、シエィという2人の偉大なサーファーの兄がいる気持ちというのはどう?」と尋ねてみる。学校ではそれだけで人気者だそうで、自分の夢は世界チャンピオンだと胸を張り、瞳を更に輝かせて答えた。
波はあいにく胸ほどまでに下がっていたけど、柔らかいほど温かな海面に浮かび、突き出た岬先端のリーフにブレイクするパーフェクトな波にダックダイブすると、泡の強さに思わず顔がほころび、疲れ切った体が充電されていく。ここは大きな湾内に位置しているようで風の影響はほとんどなかった。浅いリーフの亀裂に反応する独特の硬いフェイスを十数本乗った頃、遠くに黒雲が雷音を従えながらやってきた。それはすぐに土砂降りとなったので、ローガン家に戻ることにした。国道では500m前方に白い稲妻が落ち、吹き飛んでしまいそうなほどの爆発音で車が振動し、ケーシーと僕の表情は引きつる。そのあと、ローガン家まで戻る間、人生36年間で初めて体験するほど凄い量の雨が落ちてきた。ゼロに等しい視界、役立たたずなワイパーがただ激しく水を散らしながら左右に動いている。なんとかたどり着き、部屋でタオルにくるまっていると、稲妻の写真を撮って欲しいとケーシーが言ってくる。だがこの雨の中機材を触る気など起きないので断る。止まない風雨が続き、夕食をあきらめ空腹のまま就寝、夜の明けきらない薄暗い時間に覚醒する。波を見るために外に出ると、きのう程度の白波が森の向こうを動いていた。空腹なのでマーケットに行こうとするのだが車がない。また隣部屋のケーシーもいなかった。バッグに忍ばせておいた非常食を食べながら本を読んでいると、ケーシーが酷くやつれた顔で戻ってきた。彼は昨夜、雨が小降りになったのでビールを買いに街に出ると突然バッテリーが死んでしまい、タクシーで彼の友人マリア宅まで避難したという。ケーシーにとっては長い夜だったようだ。
エスコンのシエィはというと稲妻全開の同時刻に車を運転していると、真横に落雷があり、倒れてくる木にあわや車が直撃するハプニングが起きていたらしい。
何とも激しい初日だ。「俺たちが来たからかな?」と自嘲気味なケーシー、なんとも言えずうまく笑えなかった。シエィと合流し、ローガン家下のハモサビーチをチェックすると、頭程度のうねり。「ここはいつも小さいんだ」とカイル。さらに南下する。ようやくラカーヴァ(コーナー)で頭半程度のピークを発見。オスカー、カイル、ベン、ケーシー、チャド、チリがサーフし、僕とローガンはそれぞれの三脚の後ろで記録係。オスカーのものすごいフロントサイドエアをシークエンスでフィルムに焼き付ける。このオスカーのエアの高さに世界を感じた。これからやってくるエアフリークのゴーキン、シェーンがいたら歴史的なエア・セッションになっていたことであろう。
その後エスコンに行き、マティ&シエィ、ケーシーを撮影後、ミドルタイドブレイク、ショアブレイクにあるマティズリーフでサーフ。ウィッシュボーンでサシミ・ディナー。コスタリカ名産のインペリアルビールがうまい。日本語の表現に「泥のように眠る」とあるが、正にそれで食後は仮死状態でベッドに沈んだ。
また夜明け前に目覚める。昨日同様のサイズ、この時季ではこれが最低サイズになるらしい、波の小さいカリフォルニア・サーファーにとっては天国のような場所だ。ラカーヴァに向かう途中、チリとクリスチャンを拾う。彼らは車を持たないため、長い距離を歩いて波乗りに向かっていた。潮のせいかラカーヴァが小さいため、このダート道終点のトゥリン河口までクロコダイル(鰐)見学に向かうが、普段たくさんいるというクロコダイルを見ることはできなかった。流木が多く浮き、沖に長く突き出た河口の脇では頭程度のパーフェクションが数多く姿を見せていた。ただ、ここでは誰もサーフしようとは思わないんだそうだ、鰐なら当然だろう。道中車内でクリスチャンとチリの身の上話となり、クリスチャンは20才の自称ビッグウエイバーで、カリチェの下(ウィッシュボーン)で働き、「将来は飲食店を経営したいんだ」とまっすぐな男。チリの本名はジェイムスで、あだ名通りチリからの移民。両親がハモサでキャンプ(長屋の一種)を経営していて、「コスタリカではまあまあの収入があるから普段は波乗りして、絵を描いている毎日なんだ」と言い、少し離れた前歯を見せて快活に笑う。
帰り道にサイズが一番大きいトゥリンをチェック。見た目があまりにも千葉の東浪見海岸そっくりなので、そこでサーフしたことがあるシエィに同意を求めると「本当にそっくりだ」と笑う。頭以上あるのに、誰もサーフィングしないで雑談している。少しするとシエィは「先に家に戻ってのんびりしているから、ランチ食べたらエスコンにおいでよ。潮が干いてくるからさ」と戻っていった。そこで僕とチリは「30分だけね」とパドルアウト。沖に出るとうねりが頭オーバーはあり、東浪見よりは硬い波質で、段掘れする波、潮のせいかウオール(ダンパー)気味だが、エッジからテイクオフし、スピードをつけて飛ぶリップに引っかけてロールインし、板の前部裏面をうまく操り、炸裂する白波に飛ばされずにメイク。ビーチブレイクの楽しさを思い出し気持ちが昂揚する。約束通り30分間で上がり、ウィッシュボーンでまたサシミ・ランチを食べていると、この国の反対側、カリブ海から戻ってきたばかりのサーファーがいた。聞けばサイズはダブルからトリプルくらい、凄い波だったという。それを話半分に聞いてエスコンに向かう。昨日シエィが遭遇したという稲妻にやられたパームツリーをチェックすると、太い木が根本から焼け折れていた。自然のパワーに驚愕する。家に戻るとローガン・チームもカリブ海波高し、という情報を聞きつけていた。翌朝波チェック後、サイズが変わらなければ出発しようと決定する。ここから5時間程度のドライブで着くそうだ。

(この日初めてガソリン補給。40ドル、カリフォルニア州と同価格)»PART2へ

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