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naki's blog

【naki’sコラム】vol.6 ロマン主義者たちの冒険 / コスタリカ編 PART2

カリブへ。

朝起きて波を見ると、昨日同様の肩頭程度のミニマムサイズ。
カリブ海行きを決定したところでシエィが現れ、同行に同意。
オスカー(オジー・ライト)は古傷の靱帯を痛め、左膝が倍ほど腫れているため断念。
シェーンとゴーキンは昨夜到着しているので、誘いに行くが、かなりの疲労でパスとのこと。メンバーはシエィ、ケーシー、僕がジープ隊。ローガン、ベンが昨日来たブライアン、コンリー・チームを形成し、それぞれの車2台でここ太平洋側から国の反対側、カリブ海まで向かう。

「旅にはトラブルが付きもの」
といつも思っているのだが、ドライブを始めて3時間後、通過点のサンホセ地区(首都)で迷う。
ここは東京・新宿東口のように階層のある道路状況、標識すらなく、加えて一方通行が多い。
行きたい方向に行けないストレスを全員が感じる。
魑魅魍魎と化した車群がめいめいにクラクションを鳴らしながら走る地獄都市ドライブに心底疲れ果て、なぜか普段は誰も食べないケンタッキー・フライドチキンでランチブレイクとあいなった。
この爽やかな近代的なテーブルで簡易すぎるケーシー自作地図を開きながら落ち込んだ気持ちを立て直す。通行人に道を聞き、その通りに走っていたら先刻見たことのある風景が…。
なんと、僕たちは今朝通った道、つまりハモサビーチへ逆戻りしていた。
ハンドルを強く叩きながら悔しがるケーシー。
ここは高速道路のような道のため引き返すことはおろか、曲がることもできずに重たい空気が車内に充満する。
最初の測道に逸れてから自作地図を再び確認すのだが、もう誰もサンホセには引き返す気にはならなかった。
ちょうど通りかかったイスズトラックの運転手に聞くと、この道で反対側に出るという。
「ヴィエホー」という旧い街道であるらしかった。
シエィの提案は、「もうサンホセルートは使わずにこの前を走る旧道を使ってみようよ」
ということだった。
「この道で行けなければハモサに帰ろう」
と、珍しく弱気なケーシーのアイディアを支えとした最後のトライだった。
そのくらい俺たちは疲れ果てていた。
時計を見ると、迷い始めてから5時間が経過していた。

この旧道は道幅が極端に狭く、
「どうせ向こう側には行けないぜ」
と疑心を満ちあふれさせながら進んでいた。
そして、なんと、まさか、約1時間後にようやく、ようやく目的の国道へ出た。
車内全員が沸き、笑顔でハイファイブ。
自称レーサーのケーシーの怖く速い、時速60kmから100kmで進む国道では、大小の河にかかる無数の橋を越えた。
スペイン語で河はRIO、リオの冠の付いた案内標識を読む『リオ・クレメン』、
『リオ・ティエラ』、
『リオ・スタンシア』。
どの河も川も赤茶色の流れ、玉石や流木で埋まった川岸があった。
「大きい魚がいるんだろうな」と僕は一瞬釣り師の顔になった。
リオ・ブランコというサインがあって、ブランコとは「白」という意味だったな、と橋の下をのぞくとそこにはやはり透明な渓流。
どこでも名は体を表すのだ、と納得する。
しばらく行くと、まるでジュラシックパークのようなナショナルフォレスト(自然公園)があった。
それをかこむように急勾配のワインディング道路、そして給油所兼トラック休憩所、インペリアルビールの工場を通り過ぎた。
店の前でドラム缶をオーブン代りに鶏を丸焼きにしている食堂が印象に残った。

それから3時間を同じような原生林風景を通り過ぎ、自転車とバイクで溢れかえる午後のプエルト・リモンに着いた。
ここは昔、奴隷の住む街だったらしく、褐黒色の肌を持つアフリカン系が多い。
オレンジやグリーン、ピンク、イエローのカラフルな外壁の平屋の街並みは太平洋側と明らかに表情が違っていた。
プエルト・リモンを抜け、左手に港、その後ろに海が現れた。
波がある茶色いビーチ・ブレイクはサイドからの風にはあおられてはいるが、軽く頭以上はある。
しかもジャンク気味で波の間隔が狭く、ファン・ウエーブとは言い難いブレイクだ。
2キロほど沖に小島が見える。その右横には白い波が動いている。
「あれ大きいぞ!インパクトの時にホワイトウオーターが高く動いている」とシエィ。
するとケーシーが「ここからの距離と、あの白波の弾み方はチョープー(タヒチのサーフスポット/WCTが開催される大波で有名)ディールだな」と感想をもらす。
「あの波には船をチャーターして渡るというのだが、きっと巨大だからガンを用意しないとね」
とはシエィ。
その遠くの揺れ動く、彼方の白波を見つめる。
写真を撮るとしたら船から600mmを使って、または泳いで波のチャンネルに、フィルムは…..などとシュミレーションする。とにかく「冬にしかない」という波がこちら側にあるので、全員が興奮している。
やはり情報は本当だったのだ。
今夜のためにシエィはガイドブックを開きはじめた。
「プエルト・ヴィエホ。暖かく、風光明媚な海岸。ホテル、レストラン、ショップ」。
少しして、
「風光明媚ということは何も無いんだな。暖かいと言ってもコスタリカで寒い場所なんてないしね」
と逆読みしている。
茶色い波が延々と続く同じ景色、反対車線には検問所。

 

the POINT, the Captain Zero

さらに進むと、道は大きく左に折れ、小さな小川を越えて集落に入っていった。
黒砂が満ちた海岸を過ぎたとことで標識を見ると、ここが目的地プエルト・ヴィエホだった。
ようやく到着し、永かった時間と同じだけの歓喜があった。
左右に立ち並ぶバーやレストラン、明るい壁画で満たされた商店、ラスタ・カラーの垂れ幕。
この街のどこかにその超世界級ブレイクがあるはずだ。
僕たちと同様にブレイクを探しているのか、途中2人組のサーファーを発見するが、彼たちはどうみてもビギナーっぽく、そのまま通り過ぎる。
30軒程度の商店があり、ここがメイン通りなんだなと推察する。
そのあとはパームツリーがたくさん生えた砂浜となった。
大小の岩が露出して4フィート程度のパワフルなビーチ・ブレイクがウオール(ダンパー=連なり)轟音を発していた。
「wow!ブラジルにそっくり、でもここにはちょっとサイズがありすぎるみたいだ。
ポイントブレイクと聞いていたし、それは必ず岬にあるはずだからさっき通り過ぎた岬に戻ろうよ」とシエィ。

――よく見ても岬には見えないーー地図上の岬に立てられたレストランの横に車を停め、沖を見ると、頭程度の形の良い波がぽっかりと口を開きブレイクしていた。
「これが噂のコスタリカで#1というブレイクなのだ」とひそかに感動する。
興奮するシエィとクルーたちは「今日はもう暗くなってきちゃったから朝にまた来よう」
となったが、もしがあるのなら迷っていなければこの美しい波に乗ることができたはずなのに。

サンディエゴのシーサイドからこの波に魅せられて移り住んできたテキーラ・サンライズによると、この波は『デビルズ・ダンジョン(悪魔の洞窟)』という名前がつけられていて、昨日まではサイズはこの倍はあり、しかも無風のパーフェクトだったそうだ。
その前の週にはフロリダから来ていたピーター・メンディアがこの浅瀬の餌食となり膝を割ってしまい、翌日の飛行機で緊急帰国したそうだ。
ローカル#1
サーファーのマイコー(アフリカン/コスタリカン)によると、「明日の朝は風が落ち着くからきっといいよ」という。彼の紹介してくれたメイン通りのホテルを探していると、怪しい老人が近づいてきた。「Hi!HOLAこんばんはアロハ!私はキャプテン・ゼロという者だ。
お前達は見たところエキスパートサーファーのようだが、 なんでこんな表通り沿いの宿に泊まろうとしているのか。
よかったら私の経営する宿、そこはエアコン、バス、トイレ、冷蔵庫付きで2部屋あるし、君たちがちょうど泊まれるぞ。
そこでモノは相談だが、私は君たちには特別に一部屋15ドルという価格にしてさしあげよう。本当は今夜、南アフリカからのサーファーが来るはずだったのだが、
今のところ来たという形跡がないので、君たちに泊まる権利を譲ってもいいと思っているのだよ。
とにかく見に来なさい、すぐそこで安全な民家に囲まれている。
もう一度言うが、私はキャプテン・ゼロという者で波乗り歴35年だ。
疑うならサーファー・マガジンに私の記事が載っているので見るといいぞ」
と息もつかさず言う。
口上も振る舞いも面白いので見に行くと、そこはいわゆる日本の文化住宅に似たバラック小屋で、とりあえず華奢なベッド、ドアのないトイレ、バス。
「エアコンはどこにあるの?」と シエィが指摘すると、
「冷蔵庫を開けて扇風機を回せばエアコンになる」とのたまう。
絶句する僕たちを尻目に例の息もつかせぬ口上を延べ始めたので、それを遮るように、シエィが
「ここに泊まるよ!」と決定すると、
突然ローガンが
「思い出したです!わたしはあなたのキャプテン・ゼロのスマグラー、いやサーチング・ フォー・キャプテン・ゼロ(キャプテン・ゼロを探せ)記事を読んでいたあるよ」
と文法を間違いながらキャプテン・ゼロを指さす。
「スマグラーって何だ?」とケーシーに聞く。
あまり良い言葉ではないようで、簡単に言うと密輸屋なんだそうだ。「密輸屋かー、じゃあスター・ウオーズのハンソロみたいだね」と僕が言うとキャプテン・ゼロの顔がほころび「昔は隣のパナマから麻薬を運び込んで一儲けしたものさ。今ではしがない爺さんだけどね」
と遠い目で言った。
僕たちの声に気がついたのか、メイド風の太ったアフリカ・コスタリカンの親父が出てきて、泊まるかどうかを聞いてくる。
キャプテン・ゼロは「全員ここに泊まるからシーツを替えてあげなさい、終わったら鍵はドアの上に乗せなさい」
と指示をする。
そして「パスポート、または運転免許でいいから見せなさい、最近は税務署がうるさいものでな」
とポケットからノートを取り出した。
ベンがハワイの免許を見せると、ハワイ話で盛り上がり、2部屋分10500コロネス(貨幣価値でいうと30米ドルだ が、現地では10,500円程度の価値に相当するのだろう)をポケットに入れ、それと引き替えるように黒茶褐色のたばこ風の葉を出した。
「最上級のマリジャワナだ、欲しいかい?」と聞いてくる。
全員で首を振ると、
「私は表通りのタマラというレストランバーで酒を飲んでいるよ、そこはたった3ドルでおいしいスパゲッティが食べられるから後で顔を出しなさい」
と去っていった。
各部屋に蚊取り線香を焚いてからそこに食事に出かける。

タマラレストランは典型的なカリビアン料理を出す店で、甘い味付けの豆とライスを炒めた主菜がどの料理にもついてくる。
ローガンはロブスター、シエィとベンは白身魚、ケーシーはチキンの丸焼き、ベジタリアンであるブライアンはフルーツとココナッツを食べた。
小屋に戻ると、さっきのメイド親父がいて、
「カネは 先払いだ、10500コロネス」と言ってきた。
「えっ、さっき宿代はキャプテン・ゼロに払ったよ」とローガンが言うと、親父は激怒して、この小屋は俺の持ち物だ。
そのキャプテン・ゼロを探してこい!と怒り始めた。
ローガン組はサーファー・マガジン誌の記事と同じ台詞「キャプテン・ゼロを探せ!」とうれしそうに言いながら小走りに街に戻っていった。
僕とシエィは目を合わせて笑い、歯も磨かずに湿ったベッドに潜り込んだ。

暑さと蚊で眠れないまま、意識を濁らせていると、台風のような風雨の揺れが起きた。
小屋全体が軋んでいる。ものすごい雨と風、自然の驚異だ。
二段ベッドの上に陣取ったケーシーの体を乗せた寝台が上で曲がっていて、それがいつ壊れて落ちてくるのかだけが心配な永く、熱い、不快な夜だった。

翌朝。
すっかり晴れ、無風コンディションのデビルズ・ダンジョンに行くと、昨日より大きい波が岩棚に炸裂していた。
まだサーファーは誰もいない。それぞれがリーシュを入念にチェックし、ビデオ係のローガンを残し、あっという間に着替えて散っていった。
小さな浜を伝い歩き、ドライリーフの岬突端から溝の水路を見つけてパドルアウトした。
ブレイクに近づくと、それはダブル程度ある底掘れするそれはものすごい波だった。
全員が真剣な顔となっていた。
しかもこのブレイクから30m程度インサイドを見ると、そこには広範囲でリーフが露出していた….。
ブレイクが横をものすごい勢いと存在感で通り過ぎていく。
うねりのスピード、ブレイクの強さ、そしてまん丸のバレルセクション。
いくつかの特徴を見つけただけで、ここはやはり世界一級品の波質であることを認識した。

テイクオフの時に眼下に拡がる海面下に凹むボトムを見ると、全く降りられる気がしないのだが、さすがWCTサーファーのシエィだけは波を堪能している。
バックサイドで50m以上もバレル内をフルスピードで走らせた。
「プルバック」これはテイクオフの際にテイル側に身とボードを引き、ブレーキをかけるやり方だが、あのケーシーでさえもプルバックを繰り返していた。
何度もプルバックをし、その自分にブチ切れたケーシーがドロップを敢行したのだが、やはりひどいワイプ・アウトとなって、海底に吸い込まれてゆく。
いつものことだが一級品の波にはかならず鋭い棘がある。
このファースト・ピークの棚を越えると、急深となっていて、海底に引き込まれ、渦に似た流れの中で長時間呼吸を耐えなくてはならない。
浮かび上がると強い流れがレフト側に向かっているので、ラインナップには戻れなくなってしまう。
この流れを越えると浅いというか露出したリーフが姿を見せている。
その流れに吸われ、最初にエントリーした岬の先端から伸びる水路に戻ってしまう事になる。僕らはこれを『世界一周』と名付けた。
更にこのコントロール不能になって撃沈してしまうケーシー風のテイクオフに
「デビル・ドロップ」と名付け、以来『ケーシー・ドロップ』と名を変えて使用している。

俺たちは5時間にも渡る猛チャージ、いわゆるスーパーセッションを満喫した。
こういう極限状態後はいつでもだが、砂浜を踏みしめると全身に拡がる至高の安堵感が体内を満たした。
たまらなく気持ちいい。またもやタマラでランチ後、太平洋(=マイスイートホーム)に向けて出発する。
このプエルト・ヴィエホ(古港という意味)はジャマイカのようにドレッド、ヒッピー、レゲエ族が満ちあふれれたIREタウンで、人々は笑顔でのんびりと歩き、毎夕、ストリート対抗のサッカー大会がビーチで催されるというアフリカン・クラシックな場所。
「またのんびりと来てみたい、アディオス~」
帰り道はパナマ国境に近いせいか、全車停車義務の検問所があった。
パスポートを見せる(外国人は旅券の常時携帯が義務づけられている)と丸顔の警官が「ハポン、ハポン!(Japanのスペイン語読み)」と、ぼくのパスポート を見て喜んでいる。
W杯サッカーで日本が決勝ラウンドに進んだ影響であろう。(ちょうどこの頃W杯決勝トーナメントが開催中)
高速走行する山道、暗い雲から大粒の雨が落ちてきた。
熱くなったエンジンフードから大量の湯気が出て、ウインドシールドを曇らせる。
エンジンの負担を考えてかケーシーがすかさずクーラーを止める。
最後の峠にさしかかったところで渋滞が始まり、完全停止してしまった。
1時間に2度ほど反対車線から30台程度の車群が過ぎ、少しするとその30台分前進し、また永く停車する。
車から降りて歩く人が目に付く。
これは大事故があったんだろうなと分析する。
デビルズ・ダンジョン波にすっかり浸された体験を持って強烈な波を回想する。
陽は落ちて暗くなってきた。
事故はようやく処理が終わったのか、車は前進を始めた。
サンホセでまたもや迷いながらウィッシュボーンを目指す。
ケーシーは念仏のように「サシミ、ビール、サシミ…」と唱えていた。

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