「昔の建造物を調べていくと古代ほど優秀ですな。
木の生命と自然の生命とをよく考えてやっています。
それが時代が進んで新しくなると、
木の生命よりも寸法のほうを先に考える。
これが経済的という考え方なんでしょうな。
木には癖があります。
この木は右に寄る。
これは左に寄るという癖を見抜いて、
うまく抱き合わせて組み上げていかなあきません。
曲がった木を削ってまっすぐに見せても、
何年も経たんうちに曲がる癖の木なんやから、
結局は曲がってしまいますな。
本質を知らず、
形を追いかけることを文化やと、
勘違いしている人が仰山おりますな。
飛鳥、白鳳、天平時代の頃までは、
山の南に生えている木は御堂の南にもってくる。
そういうことをちゃんとやっていました。
自然というものをきちんと考えなくてはいけませんな」
これは日本屈指の宮大工で、
“鬼”と称された西岡常一さんの言葉です。
1300年前の時代の宮大工は、
木を腐らせないようにクギにも鉄を使わず、
数千年も木を生かし続ける製法を知っていたそうです。
法隆寺建立当時の宮大工の知恵は、
現代の技術をはるかに超えていたといいます。
昔は大工のみでなく、
さまざまな分野で自然を活かした生き方をしていたようです。
夜空の星を頼りに航海する民族、
季節に合わせて遊牧する民族、
それぞれに自然の本質を見抜いて、
その流れに根ざして生きてきたのですね。
ぼくら現代人は、
幸せを求めるあまりに心労を重ねてしまったり、
便利さを追求するあまりに苦労したり、
そういった矛盾のなかで生きているように思います。
子孫を残し、
生き残る術を伝承することが、
生き物の大義だと思います。
「自然と寄り添って、その本質を感じながら生きる」
そういう時代にふたたび戻ることができるのでしょうか?
ぼくら日本人の身近にある海、
そこには自然の本質が溢れています。
季節によって吹く風。
海流によって変化する水温。
波を作り出す原因によっても、
うねりのパワーが変わること。
サーフィンをすることで、
それを体感として学び、
自然の本質にすこしでも近づくことができるはずです。
自然の摂理、
流れに逆らわずに生きることが、
もっとも人間らしい生き方なのかもしれません。
海への一歩、
それは未来への一歩だと信じて、
ぼくは波乗りを楽しんでいこうと思います。
2014年最初のマンデーブログは、
自然とともに生きるサーフィンについて、
書かせていただきました〜♪
みなさま今年もどうぞすばらしい波乗りライフをお送りください!!
(じゅん)
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