「一本の波に終りがあるように、
波への想いにも終りがあるのだろうか」
空さえも凍える早朝の海。
かじかむ手を車の暖房でほぐしながら、
ウェットスーツに手足を通していく。
ポリタンクのお湯で温めたワックスを、
冷たいサーフボードに塗っていく。
ゴリゴリという音が、
テンションを上げてくれた。
一発目のダックダイブに気合いを入れる。
ようやくそこで波乗りへのスイッチが入りだす。
冷たい西風に抑えられたウネリは、
サイズを落としながらも、
ときおり肩サイズのセットがやってくる。
水温は14℃前後。
冷たさの割には体はよく動いた。
新調したウェットスーツの性能に感動しながら、
まずはミドルレンジの波で体を慣らしていく。
やはり気になるのはセットの波。
寒い冬はたった一本の良い波で満足できる。
早朝の寒さに耐えてやってきた海も、
その一本ですべてが最高の日に変わるものだ。
にわかに強まったオフショアで、
ウネリは急激にサイズを落としていた。
待ちに待ったセット。
今まで来ていない頭オーバーの波。
アウトに向かう。
「間に合うのか?」
オフショアに整えられた波面。
目の前で迫り上がる波。
波がブレイクする方向にギリギリ方向をあわせた。
突飛した波頭が、
一瞬だけ視界に入る。
なんとか体だけはテイクオフの形をとるが、
その次の瞬間にはフワリとすべてが空中に浮いた。
視界だけはうつくしい波面を捉えるも、
その次に見たのは、
白い泡にもまれるサーフボードだった。
「くぅ、もうちょっとだったのに・・・」
えも言われぬ悔しさが全身を包む。
気を取り直して、
同じセットを待つが、
待てど暮らせともうやってくることは無かった。
記憶に残るのは、
あの沖からやってきたセットと、
一瞬の視界に入った波のうつくしいショルダー。
波乗りをしていると、
良い波の記憶と同じくらい、
悔しい波というものも、
いつまでも記憶に残っている。
喜びと同じくらい、
悔しさもあるのがきっと波乗りなのだろう。
ふたたびあの波に乗るために、
またぼくは海への想いを強めるのだ。
冬の夕暮れに、
年の瀬の寂しさを感じつつも、
また新たな未来の足音が聞こえていた。
乗ることができずに行ってしまった一本の波。
しかし波への想いはずっとぼくの胸に留まっていた。
(じゅん)
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