サーフィンに旅はつきものだ。
「波」だけでなく旅で出会うすべてのことが刺激となる。
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話は今から20年前のこと。
はじめて自発的な旅をした。
友人3人で車中泊の旅。
行き先は四国とだけ決めて、
千葉から湘南、静岡、愛知を経由して、
そこから京都に抜けて日本海沿岸をつたい、
瀬戸大橋を渡って四国に向かうルート。
ナビなど無い時代だったので、
ロードマップを頼りに計画した2週間の旅。
静岡で車上荒らしにあい、
ダッシュボードに隠しておいた軍資金をすべて取られた。
盗人の良心か、財布には数千円が残されていた。
その近所にあった食堂で質素にご飯を分け合ったが、
ワケを知ったおばちゃん店主がご飯をご馳走してくれた。
財布に残された3人のお金をかき集め、
道すがら3人の知り合いや親戚にお金を工面してもらい旅をつづけた。
このときばかりは地方出身の3人が揃っていて良かったと思ったものだ。
ジリ貧でつづけた四国までの旅。
いくつかの忘れられない波と出会い、
ここでは書けないようなハメを外した思い出もあった。
旅とは刺激にみちたものだと知った。
友のありがたみを知った旅でもあった。
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夕方にふと思い立って、
千葉から湘南茅ヶ崎に電車で旅をしたこともあった。
厚木まで来たところで最終電車が無くなり、
サーフボードを抱えてひたすら歩いた。
厚木駅でタクシーを待つ人に、
茅ヶ崎への行き方(方角)を聞いたときは、
「え?歩いていける距離じゃないよ」と驚かれた。
「大丈夫です!方角だけ教えてください」
「方角はあっちのほうだけど・・・?」
「ありがとうございます」
歩きだして2時間ほどで、
道をたずねた人の言葉の重みを悟った。
高速道路の高架工事やたくさんの陸橋、
幹線道路を歩いてみると障害物だらけだったのだ。
サーフボードという荷物を持って、
何度もヒッチハイクした結果、
モトクロスを運ぶピックアップトラックの人に乗せてもらえた。
オフロードコースに走りに向かうところだったようだ。
夜明け前に着いた茅ヶ崎の海、
やっと辿り着いた暗がりの海が闇夜に輝いてみえた。
荷台でバイクと並ぶサーフボードに、
無計画な旅の滑稽さを感じた。
乗せてくれた人が旅の話を聞いて笑った。
そのときの波のことは思い出せないが、
その人の笑顔と優しさはぼんやりと思い出せる。
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北海道の雪に憧れて旅をしたこともあった。
その地にあったのは美しいパウダースノーを滑る日々。
ふと立ち寄ったサッポロで、
あまりにも美味い海の幸にお金を使ってしまい、
鈍行列車を乗り継いで24時間かけて帰ってきた。
夜中の凍える寒さのなか、
始発列車を待つという過酷さは「若さ」で乗り越えた。
あの食い気は若気の至り・・・だろうか。
残り少ないお金を新鮮な寿司に費やした。
20年経った今もその味が忘れられずにいる。
いま振り返ってみても、
あれは正しい選択だったと思う。
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旅には人を成長させるチカラがあり、
旅そのものに取り憑かれてしまう魔力がある。
波への渇望と旅が重なったとき、
それは途方もない憧れへと変わる。
旅をすればするほどにその憧れは大きくなっていく。
この文章を書いていて、
新月の夜に砂浜でみる輝く星々を、
しばらく目にしていないことに気がついた。
「行き先も決めずにまた情熱だけで旅をすることがあるのだろうか?」
確実さだけを求めるようになった自分のこころに問いかけてみる。
お気に入りのサーフボードに目をやると、
冬の西日がまばゆいほどに反射していた。
(じゅん)
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