マンデーブログは前々回から、
『ターニングポイント』というシリーズでやってきました。
今回はターニングポイント完結編とさせていただきますね。
https://www.nakisurf.com/blog/showroom/archives/30871
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完結編はターニングポイントの「巻き返せるチャンス」として、
わたしが歩んだ道を書きたいと思います。
カリフォルニア生活も4年がすぎた頃、
自分ひとりでは到底手に負えない出来事に見舞われました。
まさに崖から転げ落ちるような日々の始まり・・・、
驚くことに白血病(CML)にかかってしまったのです。
その後アメリカで約9日間の入院治療を施され、
骨髄移植を受けるために日本に帰国。
(余談ですがアメリカでかかった医療費は900万円強、
不幸中の幸いか、何とか保険でまかなえました。)
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日本帰国後には骨髄のタイプが合うドナーを探し、
移植までには約1年を要しました。
その後すばらしいドナーさんとめぐり会えて、
2006年、無事に移植手術が成功。
移植後は体力も激減して、
移植副作用との闘いの始まり。
その闘病記録はさておき、
今日はその闘病生活から得たものを綴りたいと思います。
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病気が分かったのはサーフィンで怪我をしたことから。
いつも通りの何気ないライディングを終えた後に、
太腿にビリビリという大きな痛みを感じました。
その軽い筋の痛みが内出血となり腫れ上がり、
その夜には太腿が2倍ほどの太さに。
翌早朝、緊急でホスピタルに連れられて、
精密検査でその病名が発覚。
サーフィン中の些細な怪我、
今では”波乗り”が病気を教えてくれたんだと思っています。
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担当医が決まった際にもひと驚き!
なんと、
よく波乗りに通った有名スポット「スワミーズ」で、
顔を合わせたことがあるサーファーだったのです。
海で言葉を交わしたことはありませんでしたが、
病室でいきなり担当医から、
「Jun、キミはよくスワミーズで入ってるアジア人じゃないか?」
「そうだけどなぜ知ってるの!?」
「ぼくは家族とよくサーフィンに行くんだけど、
キミはピークからずれた人の少ない場所でよく入ってるよね?」
「あっ、あなたはインサイドで子供にサーフィンを教えてるよね!」
「そうそう、キミがアジア人だからすぐわかったよ!」
「こんな出会いもあるんですね。」
「そうだね。わたしはDr.バスドゥ、初めまして・・・じゃないね。(笑)」
「そうですね(笑)、よろしくお願いします。」
「病気を一緒に打ち負かそう。」
看護婦さんも目を丸くするような、
ウソのような本当の話で楽しい入院生活になったんですよ。
異国の入院治療で心からの安心と信頼を得られる出来事でした。
ちなみにスワミーズはサンディエゴ群屈指の激込みブレイク。
逆真流で10本に1本だけ入るピークからずれた場所でいつも波乗りしていました。
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しかしながら、
2005年の病気発覚からサーフィンが出来なくなり、
何度も心が倦みそうになったことを覚えています。
最悪な状況への恐怖、
夢や希望への挫折感。
そんな中でまずはじめに持った目標は、
なにがあってもあきらめないこと。
そしてサーフィンに復帰すること。
無菌室のベッドに横たわるだけの日々でも、
周りの人々に励まされ支えられ着実に進んできました。
窓の外すがすがしく晴れてれば晴れてるほど
哀しくなるのはとても寂しいことだと思います。
胸の痛みと手をつないで明日を迎えよう。
これを乗り越えればまた、
“すばらしいチャンス”がやってくるんだ、と。
(この一節はB’zさんの『wonderful opportunity』から得ました。
闘病中はこの曲にすごく励まされたんですよ!)
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いつも心には波を思い浮かべて、
辛い時は目を瞑り楽しく波に乗る自分をイメージ。
リハビリがスタートしてからは、
「そろそろ波乗り復帰ができるのでは?」
なんていう甘い気持ちになりましたが、
先生からは「もう数年は無理です」と忠告を受けたり・・・。
(自分の状況を考えれば無理なことは分かっていたんですけどね。)
そんな事から海に関する情報をシャットアウトして、
逆にサーフィンを遠ざける生活をした日々もありました。
免疫力の低下で海に入ること自体が許されなかったのです。
まぁリハビリ後は基礎体力があったせいか、
体力の回復がとても早かったようですよ。
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そしてようやく今年、
丸6年を経過してサーフィンに復帰することができたのです。
まさにこれからが波乗りできなかった日々を巻き返せるチャンス!!
↓その本格復帰の詳しくはこの日のNaki’sブログにあります。
http://blog.nakisurf.com/naki/archives/27010
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波乗りを復帰した今36歳、
週2回の海として年間104日ほどサーフィンができます。
60歳まであと24年間続けても約2500回しかサーフィンできないのですね。
そう考えると、
面ツルの美しい波もオンショアの波も、
どうせなら同じだけ楽しみたいと思ってしまいます。
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たとえ海に行けない日々を送っていても、
きっとどこかで美しい波がブレイクしている。
その波を心に想い、頭の中で想像することで、
いざ波乗りに行ったときの差は天地のごとく大きいということ。
闘病を経験してそんなことを学びました。
人間の持つ思い(またはイメージ)の強さ、
その可能性は計り知れないパワーを持っているようです。
今日は長々と書いてしまいましたが、
言いたいことはたった一言なんです。
『波乗りをやっていて良かった?♪』
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次回からのマンデーブログは、
“スタッフによるボード乗り比べ”などの企画を考えております。
ではみなさまステキな波乗りライフをお送りください。
まだの方は”スバラシキ波乗り世界”に足を踏み入れてはいかがでしょうか?
(じゅん)
胸が、目頭が、熱くなりました。
おかえりなさい!!
サーフィンって、本当に素晴らしいですね。
Fgさま
ありがとうございます!
海から、そしてサーフィンから学んだことが支えになりました。
一時は波乗りの情報さえ遠ざけていた時もありましたが、復帰した時の快感は何物にも代え難いものでした。
“パドルで水を掻く音”や”波上の疾走感”、それらすべてが新鮮でした。
サーフィンは最高ですね!
復帰、本当におめでとうございます!!
akさま
ありがとうございます!
ゆっくりではありますが、楽しい波乗りライフを過ごしていきたいと思います。
akさまもステキな波乗りライフをお送りくださいね!!
Junさん 本当 感動しました。実は僕の弟も今 同じ病と闘っています。波乗りはしないのですが、
Junさんの その思い、行動、考えを伝えたいと思います。ありがとうございます。
Keiさん
ありがとうございます!
弟さんも、同じ病気で闘病していらっしゃるんですね。
ぼくは一時、現代医療では手の施しようがなくて、日本ではまだ症例のない新治療を試すところまでいきました。
だけど「絶対に良くなるんだ」と毎晩念じていたら、ある日スーッと良くなり始めたんです。
おかげで新治療は同意書のサインのみで実施されませんでした。
きっと”若さ”というパワーで乗り切れる部分もあると思います。
いつも前向きにいてください、とお伝えください。