ミニロングの滑走は、世間がない別天地_(1696文字)

滑板波来欲到天

辞郷見月幾回円

蓮花流水?然去

別有天地非人間

サーフボードを波に走らせて天に行きつかんばかり

故郷を出てから幾度も満月になった

蓮の花も水もどこまでも流れていく

ここは世間がない別天地なのだ

□

今日は漢詩で、波乗りの気持ちを書いてみた。

この詩に書いたように波乗りの魅力は、

「世間から遠く離れる」

ということにあると思う。

自分と世間をつないでいるのはリーシュコードですらない。

ずっと浮いていてもいいし、

どこまでもパドルしていくこともできる。

それが深い魅力になっているのは間違いはない。

切り立った波壁にきらめく光粒や、

陶酔した滑走というのは、その次にある歓びだと思えるがいかがだろうか。

小波が続いて、ミニロングが突然ブームとなった。

正式にはミニノーズライダーというのだが、

「そんな規約を取り払う」

と自分で決めて、昨日ここに書いてみた。

https://www.nakisurf.com/blog/naki/archives/23233

やさしく浮いて、ぐいっと進む。

5’11″だろうが、6’12″という数字が意味を持たないのも気に入っている。

全ては「小さいの」とか、

または「大きいの」という言葉で事足りるのだ。

写真を見ていて気づいたが、どうしてノーズに乗るのだろうか?

まさかメディアにだまされているわけではないので、

一度目を瞑って考えてみると、

「(波への)違う展開を求めている」

と明言できた。

そして、この道の豪傑にこのことを聞いたことがあったのを思い出した。

ハービー・フレッチャーは「スリル論」を右の眉毛を持ち上げながら説き、

若きノーズライド王者クリスちゃんは、「体感速度感覚」、

そして「セクションメイクのための美しく、激しい方法」だと言い切った。

波乗りにはさまざまな種類の乗り方が存在していて、

それはノーズ主義、テイル主義からはじまり、

無関心主義、中立主義、共産、社会等々さまざまに渡る。

感じたのは、ボードを変えると思想が拡がる、ということ。

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下の写真はクイオ・ヤングで、

この日が、

「生まれてはじめてロングに乗った日」

という記念日でした。

ミニロングの利点は、

こうしてロングに乗ったことがない少年もを滑走職人として仕立て上げられることだと思う。

大きすぎず、小さすぎず、という中庸なことなのだろう。

または初心者にも滑走の歓びを教えられることだろうか。

このボードにひさしぶりに乗ったノアは、

毎日ミニロングに乗っているかのように熟練なるクルーズを見せた。

クイオとノア。

おそろいのトランクスで、

一緒に波に乗って育っていくのですね。

ショートでは滑ってくることができない厚いセクションの延長インサイド。

ミニロングだとパドルも早く、

その一漕ぎ一漕ぎが反映される楽しい洋上移動が待っているので、

どこまで行ってもそれはそれでまた楽しい。

ノーズに乗って、楽しくて仕方がないノア。

波の上を滑っているだけで楽しい時代のようです。

クイオの古典的な乗り方。

「浮力あるボードの滑走」

を知った日の満面の笑みをカメラは捉えたのだった。(川口浩探検シリーズ風に)

グニャリフィンを使用して、テイルに乗るのも楽しい。

ターンが弧を描き、

ボード速度が頂点に達した瞬間にフィンが抜けたようになる。

それはほんの一瞬のことなので、

実際にはスプレイ音の変化と、過ぎ去った挙動を感じるだけなのだが、

そんなことも楽しさのエッセンスとなり、

セッションは和洋中幕の内弁当のように多味が詰め込まれていく。

ノアのナチュラルグライド。

中央に乗らなくてもまっすぐ滑るのですね。

そんなミニロングセッションが終わり、

写真を撮ってくれたカイラが波に乗り、

大団円でひとつの景色が閉じていく。

明日は南うねりブイが2ft@20秒と大きく動くので、

ひさしぶりのホワイトハウスとなるのだろうか。

ミニロングさえあれば、波はこのまま小さくてもいい。

今日は米国独立記念日なので、

ホワイトハウス方面から花火の音が聞こえてきた。

明日またここでお会いしましょう!

盛夏がはじまりました。

体調にはお気をつけてくださいね。

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