日本のデューク・カハナモク、川井幹雄さん_(1548文字)

Amatsu Kominato, Chiba

天津小湊

ーーーーーーーーーーーーーーー

昨日の深夜、

このブログで22編まで連載した

「私の波乗りの歴史」をコラムページにアップしました。

まとめるとなんと4万8千字以上もあって、

原稿用紙121枚の大作となった。

やはり継続というのは大切だと感じた。

お時間があれば、ぜひ読んでみてください。

当時のファッションはもちろん、

波や場所、

そしてサーフィンから見えてきた風景を書いてみました。

お時間のありますときにぜひ!

【naki’sコラム】vol.64 私編、波乗りの歴史_(48420文字)

お正月のあいだに鴨川に行きたく、やってきました。

ここは日本のサーフィン発祥の地のひとつでもあり、

さらにはキリモミ早川さんがノースハワイ出発前に自主トレされているというので、

子どもたちにカレンダーを届けていただきたく、

めでたい新年のご挨拶と共にお渡ししました。

このときは12歳だったノアも今では19歳です。

さて、鴨川が産んだ世紀のスーパースター川井さん。

大波来い、小波ニコリン、世界戦の日本代表、

全日本チャンピオン数億回、等々。

そんな選手出身でありながら、

悪しきローカリズムとは皆無、

巷では日本のデューク・カハナモクとされていて、

先日もNALU誌で木村拓哉さんをアテンドして、

おふたりが笑顔でハッピーサーフをされていた。

川井さんは今でもそのオープンマインドな活動をされていて、

なんと9年前にはノースハワイにまで来てくださった。

バックドア_ミッキー川井さんノースハワイ公演!!_エディ・アイカウと一緒にサーフ

その川井幹雄さんのギャラリーが、

鴨川中央にあるので訪ねてきました。

http://www.kawai-surf.com/

あいにく川井さんは不在だったが、

このNAKISURFからたった50kmの距離なので、

川井さんにお電話しつつ、

新年のご挨拶と、近日中に来訪することを約束しました。

Mikio Kawai

川井さんは日本のサーフ創成期を支え、

そして今なおサーフ界のために献身的に活動されている偉大なハッピーサーファー。

そんなお方からさまざまなお話を聞けたら幸いなのであります。

さらに言うと、

私は「勝手に抱井さんの弟子」を自称していまして、

その抱井さんの師匠が川井さんです。

とすると、

川井さんは私の『勝手に大師匠』ということになるのです。

□

鴨川、良いですね。

この地で思い出すのが、

ーー昔の話で恐縮だがーー

抱井さんと当時のボードスポンサーのご縁で、

九州は唐津まで遠征した際に関谷くんと仲良くなり、

シーサイドの裏にあった彼の実家でサーフ合宿したこと、

カブに乗って颯爽とやってくるヒデさんが伝えたのは、

「赤堤からマルキまで1本でつながり、それに乗った波があったこと」

(多くの人はフィクションだと言っているが、私はファンタジーだと信じている)

いつもニコニコされていたノンキーの大久保さん、

鴨川第一高校サーフィン部の天才少年小川直久くん、

(世界的なサーファーになりました)

そして「かとどん」のオムライス、

シーサイドで開催された『ミナミカップ』で、

ノースハワイのマックス・マディウスと会って、

そして彼が住むノースハワイに自分も引っ越した縁。

そんなことが走馬燈のように思い出された。

あれから30年。

自分を取り巻くさまざまな環境は変わったが、

波も、街も、

そして暖かく自分を迎えてくれる人たちは何も変わっていないことに気づかされた。

波乗りが育む縁、そして土地。

サーフしていなければこんな感慨はないだろうし、

ただ観光として通り過ぎていく海沿いの街だろう。

ありがとう鴨川!

ありがとうサーフィン!

Keep on Happy Surfing!!

◎

 

 

上部へスクロール