

土曜日は、
藤沢エキマエの『新世界』で、
大野薫さんの追悼本発刊記念イベントだった。

まずは上総一ノ宮から千葉を目指し、
千葉から横須賀線で戸塚、
そして東海道線で藤沢。

およそ2時間半の道のりだが、
AI将棋と読書のコンビネーションなのと、
外房線にほとんど広告がないのが気になった。
消費税が無料になれば、
日本の景気は一度良くなるはずだ。

到着すると、
すぐに南口のコスタ(現OPA)に向かい、
念願のワッパー視界となった。

バーガー好きとなって、
「つなぎ」が入っていないものを探している。

上の条件だと、
モスバーガーはNGとなることを数年前に知った。

それからキタグチのマルイ(現ビックカメラ)横の角若松ビル、
6Fの新世界に向かった。

到着すると、
新世界のオーナーであり、
GM兼DJのリュウちゃんが迎えてくれて、

今回のBIGFISH編集長の林さんは、
「まだ早いから」
私を追い返そうとしたが、
リュウちゃんのお顔でむりやり設営に参加したが、
木頃くんを中心とする設営チームは選りすぐりの精鋭なので、
することがなく、
ベティーズのツインフィンを倒れないように養生した。

新世界は、
ビジネス・オフィスという体裁でありながら、
音響日本一を目指しつつ、
バーカウンター&キッチンスタジオも兼ね、
サブカルチャーのクールネスがあふれていた。

このオフィスは、
完成前にも拝見させていただいたが、
調度品やアート・ピース群がじつにすばらしかった。

私の写真集もあって、
リュウちゃんの仲間になれた気がしてうれしくなった。

タキローが到着したというので、
軽く何か食べようと大新に行くとまだ4時台なのに行列があった。

噂には聞いていたが、
まさかのことに混乱していると、
カノア・イガラシのマネジャー別府さんに偶然お会いした。

別府さんは、
40年前は志田でうんならかしを決められる
ブバラカ(部原)のベップさんであり、
いまはサーファーズ岬のメンバーとして、
ハッピーサーフ普及のポテンシャルを秘めたお方だ。

古久家に行くと、
こちらも行列だった。
なんでも町中華ブームらしく、
なんでも流行りに乗るのは日本人の悪い癖だと、
タキローは力をこめて語っていた。

結局、
会が終了したらビートルズだと、
レット・イット・ビーと、
薫さん会場に戻ることになった。

創建1965年の名店ビルは、
ほぼサブカル誌名店シンブンを発行していて、
その懸垂幕にはいつも心が奪われる。

法王が到着した報があり、
オンひさしぶりの拝謁に感動した一幕が焼き付いていた。

新世界にカットバックすると、
すでに大盛況だった。

鎌倉逗子葉山という三国志の横山泰介さんと、
法王は合い通じるものがあり、
次世代のハッピーサーフについて語らっていた。

アーバン・アイランド・ソシエティのジャイアン(小林さん)と、
82(一説では182歳とも)になられたガラさんもやって来られて、
プレ・ショーの興奮を味わった。

芝田満之さんのスライドショーが始まる頃になると、
会場は超満員で、
来場者は外にまであふれだした。

泰介さんと白瀬さんのトークショーは、
相方の川南活さんがノロウイルスでキャンセルになったが、
ヌマさんこと沼田さんと江本陸が助っ人し、
1970年代からの重要かつ、
コアな世界を垣間見た。

後半は立つ隙間もなかったので、
メンバーはヒミツの部屋から拝見させていただいた。
(リュウちゃん、
勝手に使わせていただきありがとうございました)

その偉人リュウちゃん(左)は、
嘉納治五郎流の柔術38段という噂もあるが、
デリック・メイの仲間であり、
ハウス・ミュージックDJ界ではよく知られた人だ。
そしてタキローと私、
そして@baanai_artこと稲葉洋介くんだ。

さらに洋介くんは、
私の敬愛する作家の甥だと知り、
石元泰博さんが撮った作品のことを思い出していた。
薫さんも『春の雪』を読んでいたのが、
芝田さんの作品にあった。

ヘアカリの聖式カルちゃんも辻堂東海岸からやって来た。
なんとカルちゃんは、
もヤング・リュウちゃんの盟友であり、
ハングテン仲間だと再確認した。
この後前述したビートルで一同打ち上げをするが、
タキローが焼き鳥を注文しすぎて食べるのに難儀した。

翌日はルンビニの山本さん経由で、
妙本寺に参拝し、

11才となった琴ちゃんの干支アートを拝見した。

梅が咲いた湘南は、
やはり千葉よりも暖かいのだとわかった。

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【巻末リンク:出発前】
【巻末リンク*2:ブライト・ロマンチカとマジカル・カーブツイン】
【サーフィン研究所】マンダラ波乗道_マジカル・カーブ・ツイン_第二弾ブライト・ロマンチカ二種が到着!!_(1369文字)
Happy Surfing and Happy Lifestyles!
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