
昨日はノース・ジュクオンでサーフすると、
水色の青さに驚かさせられた。

週末のイベントで、
各地の熱き熱のあるサーファーたちとお話しさせていただいた。

数日経って、
それぞれのお言葉を整理して、
大げさに言うと熟成させていた。

すると、
「サーフィンは純粋な遊び」
だとわかった。

さらには、
「生死との刃先にいる(人や芸術は)美しい」
ローマ史以来の心理の原則が浮かび上がった。

まず先に言っておきたいのは、
――これまでの私は――
「サーフィン世界に魂を求めていた」
――いまは――
「サーフィンは純粋な遊びだ」
となった。

そうすると、
およそほとんどが腑に落ちる。
すごい波の日は、
「(もしかしたら)巻かれてみたい」
そう感じなければパドルアウトしないし、
嫌な予感がすれば海には入らない。

原則的にそれに準じてやってきた。
大波といえば、
ハワイ島出身の、
モメンタム世代の主要登場人物がいる。

シェーン・ドリアンだ。
彼は大波を得意とし、
世界中の大波に乗ってきた。

そのシェーンの競技最終年、
一緒にエルサルバドルまで旅をした。
しかもサーフ・キャンプでの同部屋だったので、
サーフィンの真相や深淵、
芯関係のさまざまを聞くことになった。

すると彼は、
大波競技からの競技引退を決意しているという。

理由は、
「自分がやりたくない時も沖に出ていかねばならず、
乗りたくない波に乗らなくてはならない」

シェーン・ドリアンのイメージからは、
この言葉が意外だった。

さらに聞いてみると、
「大波には乗りたい。
けれど、
自分が(肉体的に)用意できていないときも行かねばならないんだよ」

なるほど。
「私は大波、
たとえ70フィートや100フィートだろうと、
ヘリコプターで迎えに来られてしまう。
トレーニングしていたのは、
追いこまないと明日が怖かったからで、
そこまでしなくとも良いのではないかとなったのさ」

シェーンは続けた。
「マーベリックスで巻かれたとき、
あの深く冷たい底から海面に上がれなかったんだ。
そのとき俺はこんなところで何をやっているのかと、
絶望があって、
次に自身の決断に対しての失望があったのだ。
嗚呼、
これならもっと子どもと一緒にいたかった…」

「競技はイベントでもあるので、
ヒート中に悪いコンディションになって、
風で(波)面をデコボコにしても中止にはならないんだ」

そうだよね。
進行しなくてはならないときも多いでしょう。
「その中で大波なんか乗っても、
危険なだけで楽しくなんかないだろう?」

その通りだと、
彼の気持ちとなった。
シェーンはその後、
リビングルームで腕立て伏せとスクワットをそれぞれ100回以上やって、
キッチンでプロテインを飲んでいた。

彼こそが侍だと感じ、
そして光り輝いて見えた。

それはきっと、
生死に直結した男の斬れ味があったからで、
でも翻ってそのことを考えると、
自身に家族がいる決意ではないと、
相反する事項がグルグルと私の思考をめぐらせたのだった。

Shane Dorian,
known as D-Shihan,
checking out the 4-channel surfboard I shaped.
At Niijima.

めぐらせながら参拝すると、
そこには紅白の梅が咲いていて、
ようやく春の訪れをビジュアル的にも感じたのだ。

鎌倉駅では、
総料理長に偶然お会いできないかとキョロキョロしつつ、
JR湘南新宿ライン宇都宮行きで、
東京を目指した。

駅のキオスクは、
レンバイ第一班・加藤さんの親戚がやっている風で、
よく考えると、
この風景も珍しいのだとわかった。
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【巻末リンク:鮨と大谷翔平くん、ガンモ、ロボグルその他】
【巻末リンク*2:大先生=D師範=シェーン】
Happy Surfing and Happy Lifestyles!
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