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naki's blog

空海と青龍寺、そして龍_(1575文字)

1日中波乗りをして、

長い山道を運転して、

たっぷり食べて、文章を書いて、

気絶するように睡り、

起きておいしいコーヒーを星空と飲み、

文章に向きあっていると夜が明けてくる。

平均睡眠時間4時間だが、

気力と体力は充実している。

四国後半はちょうどそんな毎日だった。

撮っていただいた写真があり、

それを見ていると出てきたのがこれだった。

Eric Christenson’s Cosmic Fonzer 7’2″

Bonzer Fin set-up

.

土佐高知、平成最後の盛夏。

気温36度、水温30度。

台風からのうねりのすばらしい斜面。

美しい水、

しかも清水がこの玉小砂利地形の後ろにたっぷりとある。

こちらの水温は16度くらいだろうか。

ここを私たちは冷泉と呼んでいて、

波乗りで火照った体を冷泉で冷やす毎日ならば人生は格段と変わる。

こんな清らかで美しいサーフ三昧を一度やってみたかったことができた。

一緒にサーフした仲間たちにもありがとう。

キズのない記憶になりました。

またいつか。

今回は四国で、

永原レキくんによって空海のことを知り、

そして今はさらに深く知ろうとしている。

(興味のない方は巻末までお進みください〜)

三密加持すれば速疾に顕わる
重重帝網なるを即身と名づく

空海の書いた詩文に行き当たった。

意味を調べてみると、

『三密』というのは、

であり、

“それらをフル稼動させれば、
宇宙的感覚が放射状に放てる”

そんなことが書いてあった。

空海の歴史を紐解くと、

まるで脚色のような史実がずらりと並んでいるので、

私は彼が宇宙人、

または宇宙からの加担(金銭的にも)があったと推測している。

とにかく、彼はその宇宙的感覚を使っていたのだろう。

さらには『即身』とあり、

これは超存在(空海にとっては大日如来=本尊)に直結するとあった。

しかも瞬時にとある。

それまでの教えというのは、

未来永劫、何千年、何万年もかけて会得していくものだったのに、

空海はこのように「速疾(そくしつ)に出現する」と、

民に解いていたのが興味深かった。

さて、

私は縁あって、

青龍寺の裏に滞在することになりました。

土佐の青龍寺は、

空海が唐、

長安の恵果(けいか、えか)和尚より真言密教の奥義を伝授され、

灌頂(かんじょう。免許皆伝の儀式)を受け、

帰国の折に独鈷杵(金剛杵こんごうしょ)を東の空に投げると、

それは横浪半島の山中の松の木にあると感得したと、

嵯峨天皇に奏上(伝えること)し、

弘仁6年(815年)に恵果和尚を偲び、

唐の青龍寺と同じ名で

荒天の船旅を救ってくれた波切不動明王を本尊として開基された寺。

高知ではこの位置に青龍寺があり、

滞在していた場所はいわゆる青龍寺の裏を見ているわけだが、

横浪半島と四国をつなぐ宇佐大橋が見え、

その右側が青龍寺のある半島の東先端。

これがどうにも竜に見えてならなかったら、

この地名が『竜』だと聞いて、さらに驚いた。

こんな感じで竜、

龍が岬の形で伏せていて、

この場所での不思議というか、

よくあったのがこうしてブルーや龍が顕(現れ)ること。

朝陽や夕陽で暖色のみの視界なので、

写真を撮る身としては奇妙でもありました。

これこそが青龍寺の名の由来なのではないかと、

その歴史を調べて行くと、

空海の師である恵果の寺であり、

青とか龍とかそういうことではなく、

独鈷杵(仏具)を投げて、

ここにそれがあったからだと言うが、

地図を見上げると、

まさに竜の形が浮かび上がってくるのでありました。

郵便局が目で、青龍寺が心臓。

 

独鈷山 伊舎那院

第36番札所 青龍寺

波切不動明王

空海の石像。

青龍寺本堂。

瀧行の滝

奥の院

この石像を見た瞬間、

宇宙人というのはこんないでたちだったのかもしれないと、

新たな仮説を立ててみた。

独鈷山不動堂

そして、満月の日が来ると、

そらに大きな龍が浮かんでいた。

不思議だけど、

こんな体験をした四国。

青龍寺、そして空海。