千葉一ノ宮にあるNAKIこと、船木三秀のコンセプトサーフショップ「NAKISURF ナキサーフ」。サーフボード入荷情報をはじめ、試乗レポート、セール・イベント情報、千葉周辺波情報などスタッフが毎日発信中!

Nakisurfスタッフブログ

世界初『ミュージアム・コレクション』第一弾“1971BONZER”受注開始!

こんにちは。

 

たいへんお待たせいたしました!

naki’sブログでの登場から大変多くのお問い合わせをいただいていた、

世界初の博物館シリーズ『ミュージアム・コレクション』が遂にスタート!

 

ミュージアム・コレクションとは?

“I’d like to get the Museum surfboards”
博物館のボードが手に入る『ミュージアム・コレクション』

歴史ブームで、ビンテージ・サーフボードの人気が高まっています。

けれど、ジーンズやライダーズジャケット等と同じで、

アメリカやオーストラリアからやってきたのは、たいてい浮力が合わないのです。

たいていはボロボロなので、もしかしたら折れてしまうかもしれないし、

何よりプレミアムなものは高額なので手が出ません。

そこで、

NAKISURFが世界初の博物館シリーズ『ミュージアム・コレクション』をプロデュースすることに成功。

しかも安心なMada in the Japan! そうです。

前田博士とNAKIが練りに練って、シェイプはもちろん、グラッシング、ホットコート、

ロービング、サンディングに至るまで、その時代の持つ鈍い輝きまで手に入れられます。

その第一弾は、

1971年に作られたファースト・ボンザーです!

販売価格:220,000円(税別)

※カスタムオーダー料込み

※オンフィンチャージ・レジンカラー代込み

※ヴィンテージフィニッシュが標準仕様。

 

日本を代表するシェイパーの前田氏と密接な関係を築くナキサーフだからこそできる、

数量限定のカスタムオーダーボードを受付中。

誰もが羨む世界で一本の”リミテッドボード”を手にできるチャンスです!!

 

▽モデルページはこちら▽

1971BONZER

 

 

(宇宙からの交信!?)キャンベル兄弟が感得した1971ボンザー

オクスナードより48年前に発せられたカルト・モデルのファースト

 

誕生ストーリー

そもそもは、
NALU誌の取材でNAKIが、
サーフィン博物館(正式にはサーフィン遺産文化館)へ訪れた際、
偶然というか館長に勧められて、
1971年製のファースト・シリーズのボンザーを持ち上げたとき、
ある電撃が体に走ったという。
それからその電撃を発するボードを数年間探し続けたが、見つかることはなかった。

ボンザー好きが高じて、歴史などを勉強していくと、
どうやらこんなことらしかった。

「1970年カリフォルニア州オクスナードで、猛烈なサーフキッズだったマルコムとダンカンの
キャンベル兄弟は、ボンザー星から断続的に発信される有意電波信号を受信し、その解析を進めた。
(実際には速すぎた短いフィッシュにセンターフィンを取り付けて操作性を増すというコンセプトだった)
翌年、1971年には、サイドフィンに沿ったボンザー・ライン起伏の奇跡があり、
これは1973年より搭載される激烈なボンザー・コンケイブの始祖となるものだった。
その極まり(完成形)から見ると、1971年のものは、コンサバティブなほどささやかなものだった」

私はボンザー歴史にもさらに詳しくなり、
コンケイブというか、あの高名なるダブルバレルは、
1972年から深くなり、1973年に極まるということを突きとめた。

こうなったらあの博物館にあった1971年版が欲しい。
だがしかし、もし逸品を見つけても、昨今のビンテージ発掘ブームによって、とても普通に購入できる金額ではなくなってもいった。
半ばあきらめた。

そんなとき、親交を深めていたのが前田氏。
サーフボード博士とされるヤングマンだ。
博士は、勤勉で精確無比、そして歴史への造詣も深く、
何よりも類い希なる極まったクラフトマンであった。
そこで、1971ボンザーが、前田博士のお顔の前に浮かんだ。

比重がずっしりとしていて、
硬く、薄く削がれたレイル
浅い斜めのボンザー・コンケイブ
経年変化で痩せて、
ザラザラした目の粗いクロス。
あの時代が持つ特有の質感、
紫外線によって経年変化したティント樹脂の色合い。
そして、博士にシェイプとフォルムの完全再現を依頼する。
そこには綿密な調査と精査があった。
途方もない作業に博士の目はさまようが、

ついに
「やってみましょう!」
「やりましょう」
「できます!」
ということになった。

重いブランクス
8オンスのボートクロス
専用樹脂(レジン)
グラスオン・フィン
ワイド・ラップ
厚めのホット・コート
リーシュ・ロープ
ハンドシェイプ

硬化剤多めのグラッシングでボートクロスの粗い目を浮かせ、
当時のグラッシングでテイル周りを巻き、ロービングも50年前の技術を蘇らせた。

48年間の時を経て、
ニューボードとして再誕生したボンザー・ファーストモデルだ。

それからの波運の良さと言ったら…。
(下方にこれらのリンクをしておきました)

乗ってみて分かったこと。
a.
中央スロットで受けた水流をサイドフィンであり、
ボードの一部でもあるボンザー・サイド・ブレードが中央に流す。
b.
流れを受け止める巨大なセンターフィン。
前方部分が、サイド・ブレードの後部と重なり、センターフィンの根部が水流を受ける。
そのほとんどが長いフィン先に流れ、高速加速する。
c.
驚いたのが、半世紀も昔のデザインでありつつ、
信じられないほど加速するトルクと、
ムチムチするほどの操作性を持ち合わせていたこと。

次に考えたのが、
「なぜここまで優れたサーフボード・デザインなのに、主流とならなかったのか?」

きっと、当時のサーフィンは、
「クラシカルからのモダンへと転換する時代だった」
ということが大きく作用しているのではないか、
というのは、
持続する加速性能のボンザーは、
速度や距離では完全に優位に立てるが、
ハックやクイックでは、トライフィンにはかなわず、
そして、SNSなどない時代が、
「長く、強いターン」
「太いカービング・ターン」
「超加速力と操作性」
ということを愛するカルト・サーファーたちがいたはずだ。
ただ、カルト・サーファーは、一部である。
そして必ずカウンター・カルチャーである。
(全体主義のグッドサーファーは、エクセレント・サーファー等と表記される)
カウンター・カルチャーをかんたんに説明すると反抗的な文化だろう。
この全体主義への反抗が、アンチテーゼ(antithesis)となり、このボンザーのことを隠しおおせた時代となったのではないだろうか?

そんな仮説を立ててみた。
とにかく、1970年代前半は、
サーフィン世界の全体主義のベクトルが、
こちらのクイック・ターン(コンテスト主義)に向いて、
ジェリー・ロペスのようなクラシカルなロングターン、
スキップ・フライのファイン・トリムなどは忘れたい、
忘れようとしていた時代だったのではないか。
それがぽっかりとした空白というか、
真空状態を作りあげ、
「そこに(ボンザーが)するりと入り込んで隠れていた」
というのが真相ではないだろうか。

まとめると、
初期ボンザーは、達人たちによって長い間秘密とされてきたものだ。
秘伝、秘密の舟というかそんなものである。
「ボンザーは、フィンの根付近で大量の水流を生む」
この水流が宇宙的な音を呼び、
振動となって、サーファーに伝わるワイルドさがあり、
それは初めて腕に抱えたときの電撃と同類のものだったのだ。

特大号【サーフィン研究所】金狼ボンザー1971完成!!_(3015文字)
https://www.nakisurf.com/blog/naki/archives/103000

動画あり【サーフィン研究所特大号&ドラグラ・プロダクションズ合作】夢想流1971ボンザーその後_(2502文字)
https://www.nakisurf.com/blog/naki/archives/103213

【サーフィン研究所&NAKISURF特大号】渾身カレンダー2020_ボンザーの歴史_フィン周りについて_(2736文字)
https://www.nakisurf.com/blog/naki/archives/103255

 

 

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