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動画あり【サーフィン研究所特大号&ドラグラ・プロダクションズ合作】夢想流1971ボンザーその後_(2502文字)

千葉の前田博士が48年も前のサーフボードを鋭意複製したのは、

ぜがひでもという私の熱いまなざしと、

博士の研究のためだった。

特大号【サーフィン研究所】金狼ボンザー1971完成!!_(3015文字)

依頼した私は、

ロゴとかシェイパーとか、

そういうのではなく、

あの当時のざらざら感、

つまりプレ・ピカピカというのか、

艶消し世界の君主がこの手に欲しかったのだ。

経年変化によって、

樹脂が飴色となり、

痩せて、ボランクロスが浮き出し、

グラス・オンされたフィン周りのロービング、

グラッシング・ラップもデコボコだった。

当時のグラッシング技術を掘り起こし、

博物館に置いてあるサーフボードを再製作し、

それを乗るというプロジェクトです。

結果がこれだが、

ほぼ半年+(プラス)後、

ボンザーは無事に完成した。

宇宙人に隠されたわけではなかったようだ。

それにしても運が良いサーフボードだ。

完成してからの波の良いことと言ったらそれにも驚かされた。

余談だが、

ドラゴン・グライド・プロダクションズ

という私たちが目指す波乗道というか教えの集まりがあり、

そこには、デューク・カハナモクを始祖とし、

ジョエル・チューダー和尚や、

始皇帝、魔界皇帝、番長、

団長、若頭、宦官(特に名を伏せる)などがある。

タイラー・ウォーレンは裏皇帝で、

これはスター・ウオーズ由来だったり、

はたまた三蔵法師、

法王、焚火神に教皇なんてのもあり、

アレックス・ノストなどは、

この世界では総帥だ。

その言い伝え、伝承には、

「(誕生時に)右手でサイドフィンを示し、
左手でセンターフィンの形をなぞらえ、
『天上天下唯BONZER独尊』と話した」

とされている。

「これは全世界でボンザーが一番尊い」

と、これまで広く解釈されていたが、

この場合のボンザーは、

サーフボードのシステムやデザインのことではなく、

「ボン=梵、ブラフマン:宇宙を支配する原理」

「ザー=3、参。欲界・色界・無色界の三界」

という思想のことではないか、

というのが、

最近の学説に多く見られる。

とにかく長くなりましたが、

マニア&ギークたちにさらわれてしまったボンザーを取り返すように、

当時「宇宙人が創った」ものが無事に完成すると、

台風崩れの嵐がやってきました。

そのテイクオフの早さに驚き、

その速度に膝は打ち震えた。

けれど、

次に考えたことが、

このデザインが、なぜ定着しなかったのか?」

ということだった。

自分なりの解釈は、

当時のサーフィンの多くには、

「クラシカルからのモダンへと転換する時代だった」

ということが大きく作用しているのではないか、

そんな仮説を立ててみた。

というのは、

ボンザーは持続する加速性能なので、

ハックやクイックでは、

トライフィン流派と対戦してはならず、

共に違う流派世界のサーフィンだったからだ。

とにかく1970年代前半は、

サーフィン世界の全体主義のベクトルが、

こちらのクイック・ターン(コンテスト主義)に向いて、

ジェリー・ロペスのようなクラシカルなロングターン、

スキップ・フライのファイン・トリムなどは忘れたい、

忘れようとしていた時代だったのではないか。

それがぽっかりと開いた空白というか、

デザインを記憶させる真空状態を作りあげ、

その中にボンザーがするりと入り込んで隠れていた。

そして、

最近の歴史発掘というか、

サーファーズ・ジャーナル誌等による掘り下げによって、

再びボンザーは発見され、

その輝きを取り戻している。

しかしいまだにマニア感たっぷりだ。

しかも前出したようにボンザーを愛するものというのは、

総帥もそうだし、

カラーズマガジンのヨゲさんもそうであり、

三蔵瀧朗もラカ法王もいわゆるオタク系である。

テイクオフし、

フルスピードでボトムまで降りていき、

波面が平らになるまで待って、

そこから飛び立つような加速トルクのあるボトムターンを引き放つ。

トップでは、

からまるようにリップに接水し、

次の加速命令までクールな顔をしているというようなサーファーたちだ。

当時——48年も前の彼らが、

多くに言いふらさなかったのは、

いわゆるカウンター・カルチャーの先駆者たちの意気というか、

「密に、秘密に」

そんな理由があったのだろう。

そういえば、

全体主義はアジアだけだと思っていたら、

アメリカにも欧米にも、世界全てにあったのだ。

【全体主義を決定する比率】

この比率こそが人の性の特性であり、

働きアリとそうでないアリの比率なのだと、

いつかのニュートン誌にそうあった。

【検証】

そのテイクオフだが、

連続写真を得た。

6’3″なのに、

この位置から漕ぎ出せる。

ここは、

他のサーファーにとって、

まだまだ「崩れる前の波」でしかないので、

かなりのアドバンテージとなる。

みんなが気づく頃には、

テイクオフの体勢に入っている。

しかもこれだけのオフショアにあおられても行ける。

なので、

このテイクオフが、

どこまで早いものなのかがお分かりになるだろう。

いわゆる混雑知らずなので、

波を獲りすぎないように、

誰よりも沖で待つのはいつものこと。

これによって、

波機会が半減するが、

逆に大きなセットに乗れるという利点がある。

または全く乗れずに山岡さんの位置(次の沖の人)まで戻り、

何やらの昔話をしたり、

さらに岸に近づき、

勝浦高校出身の石井悟くんと、

最近の板前業界のいろいろを話すことになるが、

それらには、

ここでは触れない。

混んでいるのに、

誰とも競わないで乗っていたら、

夢想流みたいな心地となった。

それは私が夢想権之助となり、

南房山の春日神社で祈願し、

滑走術の研究を重ねた結果と合致した瞬間であった。

七里ヶ浜のサーフィン研究所、

奄美大島用安の支所、

土佐高知の青龍寺の裏での修行が達せられたようでありました。

これは別の波。

沖のラインナップよりも数十mも沖から乗ることができた。

やはり夢想流である。

下手をするとロングボードよりも早くテイクオフができる。

ボンザー1971はやはり宇宙から来たものだと、

確信を得た日でもありました。

その動画↓

Happy Surfing!!