Be Here Now_Blue.107号、2025年9月号掲載

 

BE HERE NOW

『これからのことは考えない。
いまここにあるがままでいい』

――ラム・ダス著  BE HERE NOWより

千葉の九十九里浜は、

砂鉄のサンドバーによるパワフルな波が特徴だ。

ナウファス(日本沿岸リアルタイム波情報)のブイ計測が、

2m@12秒、

東南東となった。

大好きなサーフ・ブレイクに行ってみると、

波は、

まるで大きな口を閉じるように轟音を発し、

ドミノ倒しのように整合性を持って崩れていた。

この強い東南東うねりと砂鉄の急浅の地形が重なると、お

よそ3m以上の波となる。

陸に向けて開くライトは、

ほぼパーフェクト。さらに時折、

寄るレフトが轟音で砕けていた。

波は、

入射角度が1度でも違えば性質や姿を変える。

よって、

混合度合いが高ければ高いほど波の形は複雑になる。

前述したナウファス計測値は、

幾億ものうねり角度の平均値だ。

同じ指紋や顔が存在しないように、

波はすべて違う形と性質を持っている。

さて、

大きな波が連続してやってくることを「セット」と言うのだが、

うねりが合併するのか、

偉大なまま遠くからやってきたのかはわからないが、

これまでのセットより水平線が濃くなった。

大波の予感がありありとあった。

私は反射的にうねりのたわみに向けて沖へと漕いでいった。

手前の波を越えると、巨大なセットの影がいくつも見えた。

水量を保ったまま切り立つレフト波が予感され、

震えるような興奮が全身にやってきた。

うねりは波へと変わり、

波先を形成していく。

引きつけるだけ引きつけてから渾身のパドリングを一回、

そしてもう一回と入れると、

テイルがグイと持ち上がった。

さらにもう一回と、鬼に追われるかのように漕ぎ、

サーフボードが波底に向いたのと同時に立ち上がった。

波というカタパルトから放たれた私は、

レイルを持ったまま落下しはじめた。

墜落しつつ、

波面に触れたときに体と波が接合するワンチャンスを待った。

硬い波壁を感じた瞬間、

波側への結合を試みて肩から背を使って波壁に食い込ませ、

減速を試みていく。

だが、

減速が足りなかったのか、

トラクションを失い、

ボードはサイドスリップした。

グラブしたレイルを掴み、

さらに波の内側へと入れていく。

すると、

自身と斜面が合致して、

滑落が止まった。

まん丸なバレルは膨張と収縮を繰り返す。

私は、

出口に向けてノーズを合わせた。

やがて音が消え、

穴蔵の奥でなにかが炸裂した。

爆風による押し出し、

真っ白な視界。

まるで花火の真ん中にいるようだった。

次の瞬間には、

バレルの外にはじき出されていた。

「浄白な陶酔」

そんな言葉が降ってきた。

私は、

数秒間のあいだに恐怖と栄光という対極を経験した。

波は、

魂が純粋なままにある副産物なのだと、

この時理解した。

やがてこの偉大なうねり群は北に去っていった。

数日経ってからまたそこに行ってみると、

新しい南東うねり群がゆるやかにやってきていた。

燦爛たる朝焼けのなかを波は整列し、

いつまでも美しく崩れている。

遠くに見える波は、音もなく、

反復運動のように幾度も同じ形となり、

泡となって跳ねて消滅するということ繰り返していた。

私は、

冒頭に書いたラム・ダスの言葉を思いだしていた。

「自分にとって必要なメッセージは常に目の前にある」
“The next message you need is always right where you are.”

 

(了、08/21/2025)

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