こんにちは、いかがお過ごしですか。
すっかりと九月ですね。
こちらはレイバーデイという三連休でした。
このレイバーデイでアメリカは夏の終わりを告げて、季節は秋となっていきます。
サマータイムが終われば暦は冬。
そんな季節が変わる大きな日。
海に目を向けると、ブイ計測でのメインうねりの高さは変わらず、
うねり角度が昨日から3度変わった。
たった三度、
360度の1/120だけ南側に傾いただけでサイズが下がった。
逆にニューポート岬は南向きなので、
サイズを上げているといううねりの向きの不思議。
3ft at 18s SSW (201°)
2ft at 10s S (183°)
2ft at 14s SW (214°)
例によって夜明け前より海に向かい、
サーファーマガジンから借りた1975年のシングルフィンに乗ってきた。
よく考えると40年前のサーフボード。
この波に向かって、このボードを持って歩いただけで駐車場から歓声を受けた。
サンクレメンテのサーファーたちは、
歴史好きであり、このボードが再び波を滑るのがうれしいようだ。
すばらしいカルチャーであります。
40年間も大事にされてきたボードは、
やはり運も縁もあるようで、
磁石が鉄を引きよせるように良い波が巡ってきた。
『ミラーズ』というフォードアーズの沖で分厚いテーパーレイルを傾ける至福。
埃だらけだったボードもうれしいのだろう。
アレックス・ノスト(総帥)/ジャスティン・アダムス(魚神)が愛する、
PunkGirlの神話的な乗り味には及ばなかったが、
真の波乗りを感じるには、あり余るほどの感動があった。
記録用に写真を撮った。
ついでにサイズを計測すると、
7’0″ x 19-1/2″ x 3″
よく聞くサイズだった。
きっとこれは、当時のサーファーたちが口語でこの数字を伝えていて、
サーフボードをオーダーする際、
または製作する際はこういった有名サイズがスタンダードだったのだと推測する。
アメリカは自由な国とされていて、
さらにサーファーは自由なはずだけど、
やはり数字の呪縛からは逃れられなかったようであります。(笑)
こんな分厚いレイルで、
あんな波が乗れるとは思わなかったが、
セッションを終えて感じるのは、
このボードでパイプラインに乗れる確信を得た。
というのは、
「ノーズにかけてずっと分厚いので、
テイクオフの際にかなりノーズ側に加重してフルパドリングができ、
さらにはこの重量が鍵で、
ひとたび前に傾ぎ始めたら加速度的に波の下に降りていくから」
というのがその説法。
気になってこの1970年のサーファーマガジン誌のカバーを見ると、
なるほど、このボードが全盛でありました。
(多分)オフザウオール、ロッキーポイント、ハレイヴァなどで、
このデザインボードがフルターンしている作品が使用されていた。
自分はこのとき何をしていたかを調べてみると、
10歳、小学校3年生。
UFOにおびえ、サイクル野郎、アストロ球団を讃え、
オセロ、将棋とトランプをして、小さなバイキングビッケをTVで見て、
モンチッチ人形を欲しがり、
明星の付録歌本を見て、ヒット曲の歌詞をおぼえていました。
兄世代の人たちは、
ロードマンという自転車に憧れたり、
ブルワーカーで体を鍛え、
ミニコンポでの音楽ということが流行だったようです。
およげ!たいやきくん
Gメン’75
仮面ライダー
オイルショック
若さだよ、ヤマちゃん!
クイズダービー
昭和枯れすゝき
港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカというキーワードを拾い、
それほどまでの年月。
何枚のドーナッツ盤(死語)が売れたのだろう?
私も持っていたシングルカット(これも死語)。
このボードに乗ってみますか?
そんな問いかけに答えたのが三村さん。
「むずかしいです」と言いながらも上手に乗っていました。
ミラーもやってきて、
シングルフィン同好例会(笑)に参加してくれた。
三連休最後の夕陽はせつない。
サザエさん症候群。
Tyler Warren’s Fishes.
この詳しくはもうすぐ発売されるNALU誌をご覧ください。
それでは、今日もすばらしい日になりますように。
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