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【サーフィン研究所コラム】波に散るか、夕陽に満たされるのか_(1639文字)

波に散るか、夕陽に満たされるのか

初出自(Blue.2021/11巻頭コラム)

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土佐のはずれ。

およそ12秒以上という周期のうねりが台風から届いていた。

どの波情報社の予想よりも上回ったパワーの波がやってきている。

このうねりの下にもっていかれたら、

百戦錬磨の猛者や達人たちも、

セレブリティ・サーファーであろうが、

誰も逃れることができずに波という魔獣の爪、

または牙に強烈に叩きつけられる。

もしこれを普通のサーファーが受けると、

溺死への特別急行に乗ったのと同じ感覚になるだろう。

波に乗るということはこれほどまでに危険であり、

その奥に潜む深遠なる理由がこれだ。

波乗りを競技とし、

深遠さもを〈ビッグ・ウェーブ〉だとか、

ジョエル・チューダーが参加できるルールと拡大し、

純正というか、

真正サーフィンまで取り揃えてスポーツですと、

巷ではずいぶん昔からやっている。

だが、

私はサーフィンはスポーツではないと思っている。

スポーツというより精神世界的なものでとらえている。

武術、武道と考えるほうがしっくりとくる。

魔獣波の下、

やけに冷たく、

またはからみつくような熱い大気を吸い込み、

波の下に沈んでいくことを想像すると、

宮本武蔵や生涯無敗の前田光世が浮かぶのは、

波乗りでの負けもまた自身の〈何かの終了〉に直結しているからだろうか。

前田光世は、

嘉納流柔術を会得して日本を飛び出し、

欧州各国、

南米に渡り無敵のコンデ・コマと呼ばれた男だ。

この柔術青年が相対したのは、

正義と悪、

そして無秩序と不条理が続くような条件で全勝無敗だったという。

サーフィンにとても似ている。無敗でないと無敵にはならず、

同時に敗ければそのまま散る覚悟を肚にすえていたのだろう。

だが、

波に乗ることとなると、

波、

海という相手は敵でもなく、

自分自身であり、

自然からの教えはときに因縁に化身するような驚異となり、

そして真理そのものだ。

驚異と真理の源を生みだした台風は北に去りつつ、

魔物だったころの名残を東うねりとして吐き出していた。

太陽が沈むころにはうねりはすっかりと弱くなり、

数日すると完全に消失し、

あたりはまた静かな海となった。

高気圧は、

低気圧(台風も含め)と対を成す事象だ。

低気圧は中心に向けて風を収束させるが、

高気圧は外周に強風がある。

低気圧の風は上(空)を目指すが、

高気圧の風は海や大地、

地球表面に吹き出す下降気流だ。

この高気圧、

空から海に叩きつける風がうねりを創りだした。

ただそれは腰くらいの深さの海に20cmくらいの高さのささやかなものだった。

私は10フィートのサーフボード、

体積120リットルという大きな物体を漕ぎ出してうねりと合わせ、

そこに出現する起伏に引っかけて滑り始めた。

立ち上がると、

視界が拡がるのと同時に夕陽がまぶしかった。

ささやかなる波は、

確実に陸地に向かって動いていて、

また波の持つ全ての原則を備えていた。

レイルに抵抗をかけないようにひっそりと乗っていく。

まっすぐのようであるが、

波の芯の動きに合わせ些少に加重を揺らがせていく。

サーフ専門誌では〈トリム〉と表記されるものがこれだ。

このトリムが永遠に続くと感じたころ、

浜が近づいてきた。

シングル・フィンが砂底の起伏を拾い、

足の下で「ジッ」と音を立てた。

このことを予期していた私は、

反射的にノーズ側に加重してフィンを持ち上げた。

フィンが砂から外れたのか、

海底が深くなったのかはわからないが、

さらにユルユルと乗っていき、

やがてサーフボードのボトム、

腹部分を浜に乗り上げた。

それからしばらく遅速滑走の余韻と記憶にひたり、

ようやくボードから降りると、

陽に照らされた水がとても温かく感じられた。

オレンジ色のシルエットになった松原を背に、

私に向かって友人が両手を挙げていた。

満面の笑みを浮かべたその顔には、

海と遊ぶ歓びが大輪の花を咲かしたように光り輝いていた。

夏の終わりの一瞬が永遠に感じられた日。

(了、2021/10/26)