昔の写真をさがしていたら、
8年も前のこんなコラム原稿が出てきたんです。
今日はちょっと忙しくて、
なんだかやたらバタバタしているんです。
だからこの原稿を使ってしまいますね。
そんなときに投稿されるこのコラムの内容は少し昔の話で、
この頃は俺もドノヴァンもカリフォルニアに住んでいて、
ーーまだノースハワイに越そうという芽も発芽していない頃の話。
サンチャイルドが解散したり、
NRSSの起点があったり、
https://www.nakisurf.com/blog/naki/archives/4140
彼の結婚がいつ頃だったのかがここからわかった。
よろしければドーゾ。
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[2002年トランスワールド誌コラム連載より抜粋]
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Donavon’s travels ードナヴァン旅行記
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ーーフウイヌムらは、
けっして彼らの持つ美徳を誇ることはしない。
それはちょうど我らが、
両足、両腕がそろっているからといって、
まさかそれを自慢しないのと同じだーー
1727年4月レミュエル・ガリヴァ(ガリヴァ旅行記著者)
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「オレゴンのバーチベイまで、
ティム・カレン達と波乗りしにいかないか?」
とドノバンに誘われた。
マップクエストで調べてみると、
そこはカナダとの国境で、
ここサンクレメンテからおよそ2000kmだった。
その長い、
北までへの距離をぼんやりと想像していたらエレン・コーミケンが突然遊びにきた。
「車を見てくれ」
と勇んでいるので外へ出ると、
フロリダ州プレートの車が停めてあり、
彼の住むニューサマリナビーチから丸一週間かけて車でやってきたという。
トリップメーターで計った走行距離が片道2600マイル、
これはキロメートルに換算すると4160kmである。
アメリカとはなんと広い国で、
それをたやすく横断した眼前の友人に改めて感服。
新婚のドノバンはラグナビーチ裏手のラグナ峡谷に新居を購入し、
スピリチュアルな生活をスタートさせた。
庭は裏山と直結しており、
手つかずの大自然そのままの景色がそこにはある。
夕刻頃、ワインを一緒に飲んでいると、
鹿が斜面から顔を出し、鷹が飛んできた。
そんな彼らしい空間を手に入れたドノバンは、
長年主宰してきた「サンチャイルド」を解散してソロ活動を開始。
全く新しいコンセプトである「フィンレス」に今朝乗ってご満悦だ。
それはスケッグなしのサーフボードで、
彼はそれに流し乗り、
グリーンゴールドのバレルに包まれていた。
彼独特のーー1970年代風なシャツ、
パンツに後から縫い付けられたスポンサーのタグ、
薄い色のレトロなサングラス、
1950年式のハーレー、持たない時計。
一向に直さないサーフボードの傷と溶けるようなアコースティックギターの音色、
そしてカーステレオ、しかもカセットに入りっぱなしのジム・モリソンのアルバム。
これら全てがドノバンの味であり、
彼から吹き出てくる心地よい微風(そよかぜ)だ。
「ナチュラルであること」を身上にし、
流れるように生きてきた彼は、
どうやら新しいスタート地点に立っている。
その瞳には強い光、
深い色があり、
自由な行動を支え、
常に何かを発見している。
波があり、
「風」という空気が流れ動く現象が存在しない日があった。
俺たちはいつものシークレットブレイクに出かけ、
干潮のリーフの間を縫いながらシングルフィンのボードを波面に傾けていた。
いくつかの深いバレル、
クローズアウトした白波、
ペリカンやイルカが俺たちを通り過ぎていった。
波壁がグリーンからゴールドオレンジと変化した頃、
彼は「SUN」を指でキャプチャーしてみせた。
2002年、ドノバン・フランケンレイターのオデッセイ(放蕩/冒険)には、
あふれるほどの燃料と、
ゴールまでの強い心、優雅な光が満ちている。
(了、4/24/02)
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8年も前に書いたものなんですね。
なんだかあっという間です。
今日もすばらしい日をお過ごしくださいね。
いつもNAKISURFに来てくださってありがとうございます。
明日またお会いしましょう!
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