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【Blue.97号巻頭コラム】_勝つか負けるか_(1464文字)

勝つか負けるか

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都内の展示会に向けて電車に乗った。

着席したとたんに先ほどまでいた海のことを思い出していた。

朝陽を背に水平線を上下させるうねり群。

泡波の圧力を感じつつダックダイブし、

パドルアウトしていく。

波を待っていると、

底から大きなボイルが沸き上がり、

海面を揺らした。

狙っていた波が来た。

胸の高鳴りがおさえられないほどの良波だ。

切り立つウエッジ。

ドライ(リーフ)にも見える暗いボトムの水色。

畏怖をおさえこみ、

落下しすぎないようにレイルをセットした。

興奮はすべて肚(はら)の中に閉じ込めてラインをつなげていく。

ショアブレイクがやってきた。

テイルを踏み込んでトラクションを得る。

キックアウトして、

またえんえんとパドルアウトする。

熱きサーフ魂が戻ってきた。

電車の中では、

バックドア・シュートアウトから続く、

ハワイ、

ノースショア波によるライブ中継を見ていた。

これは野球やバスケットボールと同じで、

サーフィンも特定の選手を見る楽しさというものを知った。

20代のころのサーフィンは、

果てしないほどの勝敗世界だった。

そこで学んだのは、

どんな優秀なイベントであっても、

高校野球であっても、

一人、

または一校を残してすべて負けてしまうことだ。

他の書き方をすると、

サーフィン・イベントは、

敗者たちを生み出す集まりだということになる。

勝敗いかんによって、

「サーフィンを止めた」

といった結果重視の友人も数人いた。

そんなこともあって、

勝敗ごとから逃れるようになった。

このイベントでは、

パイプラインやサンセット・ビーチでお目当てのサーファーの、

最新の波乗りを見られる中毒性があり、

しかもそれらはチャンネル(ブレイク脇)からジェットスキーで撮ったものや、

ドローンによる空撮もあり、

ファンはつい

「新しい・エクセレントな波乗り」

を見たくなってしまう。

しかし、これは勝敗のイベントだ。

お目当ての選手がメイン(ブラケティング)ラウンドでの対決に負けると、

そこからはもう見ることができなくなる。

そんな中、

カノア・イガラシが0.07ポイント差で勝ち上がった。

0.07か、

まるで人気スパイ映画の題名みたいだ。

この得点差をよく考えると、

2本の得点合計の差が0.1ポイント以内だった。

有効ジャッジのひとりが、

0.1ポイントだけ気持ちが入らなければ負けだった。

すべての勝負はこうして成立している。

お目当てのジョン・ジョン・フローレンス、

セス・モニーツが負けた。

ケリーもコスタリカのムニョスもカノアも、

ジャック・ロビンソン以外はみんな負けてしまった。

中継後、

しばし目を休め、

それからややあって文庫本に目を落とした。

本には神話のことが書いてあった。

神たちはそれぞれの世界観、

価値観の中で生きていて、

互いをたたえ合っていた。

ならばサーフィンのイベントも、

それぞれの自己表現をすればいい。

バックドア・シュートアウトがその方式だと気づいた。

指定時間内を仲間だけでサーフし、

高得点の合算で競うといったものだ。

けれどやはり得点制だし、

勝ち負けがある。

ならば、

このシュートアウト方式を取り入れつつ、

さらにわかりやすくして、

シングルフィン・オンリーとか、

ボディサーフ等でカテゴライズし、

それぞれの愛好者たちが集まり、

ファッション・ショーのランウェイのような表現をするイベントというのはどうだろうか?

そんな感得があった瞬間、

経由駅への到着を知らせるアラームが、

ヘッドフォンのなかから聞こえてきた。

次の電車に乗ると、

無性に波に乗りたくなっていた。

もちろん勝敗などはない波を。

(了、2023/02/19)