
ここ数日は波が小さいが、
楽しいこともある。
それは、
波が小さいと、
子どもたちとサーフできるからだ。
まずは陸でプラクティス。
下画像はリッキー。
彼はラグビーに没頭する日々で、
生まれて初めてサーフィンをした。
のみならず、
千葉県で生まれ育ったのに、
千葉の海で始めて遊んだという柏市の子だ。
148cm/40キロ(小学5年生)
下画像は、
リッキーのお兄ちゃんのリュウマ。
154cm/42キロ(中学1年生)
りゅうまは、
サッカーで日本代表を目指す日々というスポーツ兄弟なので、
根性と体力はあり余るほどありますと、
お母さんであるユタカさんより聞いていた。
リュウマは、
パドルアウトした瞬間からサーフィンが大好きになり、
「サーフィンは、
この夏休みでいちばん楽しいことでした!」
そう教えてくれた。
「波乗り体験」
のはずだったのだが、
彼らは結局5時間ぶっつづけでサーフした。

午後遅くまでひたすら波に乗るリュウマ。

私はピークとピークのあいだを泳ぎながら、
リュウマのアシストをし、
人的チューブ波を形成していた。

昨日も登場したアマチュア野球博士のターくん。
配球の読みがすばらしい。
浜から声援を送るのは、
ハッピーサーフィンの聖地サンオノフレ仕込みだ。

ターくんが、
「ウチの」と呼ぶかっちゃんも10フィートで、
魔法ライドを繰り返して、
「サーフィンがさらに好きになりました」
そんな名言を残した。
やがて兄弟も私たちもヘロヘロに疲れ、
昼食抜きだったので猛烈なる空腹となり、
あずま味噌の裏敷地まで急ぎ、
隠れミシュラソ店で美味をお腹にみっしりと詰め込んだ。
私がだっこしているのが稜(りょう)で、
彼らの弟の三男坊。
まだ海が怖いようだが、
次世代候補としてここに掲げてみた。
リュウマにとって、
今回のサーフィンはこれまでの人生で、
トップ5に入るほど楽しいものだったと教えてくれた。
こちらもうれしい。
ギンサバミチの夜考察その1
ラッコ捕りはどこに消えたのか?
――「ラッコ捕り」は、どういった経緯で誕生したのだと思われますか?
華厳旭氏(以下、ケゴン)
これまでさまざまな考察がなされていますが、
私が推したいのは、
ラッコ捕りという存在は、
死への幻視とするものです。
とすると、
ラッコ捕りは消えたり、
または突然現れたりしますが、
これこそが人生における他者の存在を示唆しているのでしょう
私(以下、NAKI)
私たちのあいだでは、
ラッコ捕りだったり、
車掌や研究家とさまざまな役をこなすトリックスターがこの役で、
おかげで物語をコミカルに包みこんでいるのが良かったと、
このサーフィン研究所で話していました。
――と言いますと?
NAKI
このトリックスターは、
一人二役をこなしたオースティン・パワーズのマイク・マイヤーや、
日本だと、「おそ松くんの六つ子」とか、
またはチビ太のような変幻自在のキャラクターです。
それを法王が扮したことに私たちは夢中になりました。
物語が書かれたのが138年前だというので、
とすると、
これはラカ法王34か35世の配役だとわかります。
そんなずいぶん昔の法王のことを想像するのも楽しいです。
(続く)
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【巻末リンク:ハナと波に乗った編】
【巻末リンク*2:ギンサバミチ完結編はこちら】
Happy Surfing and Happy Lifestyles!!
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