うねりは小さく、
堤防回りしかブレイクしていない。

ひさしぶりに試乗記を書くべく、
94のボードに乗りこんでいる。

フィンを換えて、
波質を変えてとやっている。
わかってきたのは、
フィンのベースを長くすること。

それからDフィンでは重すぎるので、
ベースの長いカーブフィン(上画像)を付けると、
マッチングが決まったという確信を得た。

ナッキーも同意見だった。
このセッティングでさらに乗ってみるので、
ボード詳細と追記をお待ちください。

トロちゃんとやりとりしていると、
「文化よりサブ・カルチャーのほうが受け入れられやすい」
そんな金言をいただいた。

サブカルは得意なので、
キング・テリーさんの画集に魅入っていると、
杉浦茂さんのアートが浮かび、
それからはずっと猿飛佐助の線と色彩にひたっていた。

アートは受ける印象によって、
時代が逆行していくのが快感だ。

とすると、
この系のアートは、
チルドレンズ・アートを含めて、
どのくらい埋もれているのだろうかと感得し、
見ることができないことによって寂しい気持ちとなった。

いただきものがあり、
一口ほおばると、
その方が浮かび、
そして時が逆行する気持ちとなった。

そんなことを考えていたら、
鎌倉腰越のシゲルくんが、
この画像を送ってきてくれた。

ここは1985年ごろの私の職場で、
正しく言うと、
このタイクーンの上階にジャズ・レストラン「BIRD」があり、
私はその演者たちの通訳をしていた。

毎晩BIRDでは、
大小ホールでライブが行われていた。

演者は、
スタイリスティックス、
ナタリー・コールまでやってくるメジャーなものだった。

なかでも*一発屋の極み、
ビリーポールは、
フィラデルフィアからバンドを連れてやってきて、
およそ1ヶ月もの公演をした。
(*Me and Mrs. Jones)

休館日に箱根の天山温泉にメンバーを連れていったが、
モーゼス・ハイタワー(ポリスアカデミー)似のベースが、
どうしてもパンツを脱がずに入浴して事件となった。

最後は天山側もあきらめたのが、
これもあの時代を象徴することだと記憶している。

そのときスティービー・ワンダーにも会い、
それから横浜大洋ホエールズのR.J.レイノルズとも仲良くなったのは、

私が野球好きであり、
元メジャーの渾身プレイに真から感動した結果だと思っている。

これはそのころ描いた絵で、
昔から鳥を描くのが好きだった。

やがてトライバル(部族)に詳しいカナダ人が、
私を見るなり、
「あなたは鳥のクラン(clan)です」
そう言った。
それから鳥の気持ちで波に乗るようにしている。

昨日もそうだったが、
春のように暖かい。

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【巻末リンク:キング・トロちゃん一家編】
【サーフィン研究所渾身特大号】サーフ養成機関の「波乗り虎の穴」の10年計画_featuring by トロピカル松村さんご子息ショッタさん_(2538文字)
【巻末リンク*2:その53年前のビリー】
Happy Surfing and Happy Lifestyles!
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