人と人の出会いのように、
奇遇としかいいようのない波との出会いがある。
清廉潔白、純血無比の海にあらわれたのは美しい波。
それはまるで、大海を圧縮したような連なる山々。
波の向こうにあるのは、深淵なのか、虚空なのか。
波は過ぎれば過去となり、何も残らない。
「いっさいの無」という存在でもある。
すばらしかったからといって、家には持ち帰れない。
その波のことをどんなすばらしい文体で熟々と書いたからといって、
実物の100分の一を表現できたら上出来だろう。
何も残らないから、残せないから俺は波を撮る。
波にも名作があって、
それは過ぎた後に美しい無だったのか、
何も感じない無だったのかで決まる。
本当の名作波というのは、
「記憶がこころに刻まれる」ということ。
一本の銘波が通り過ぎ、沖を見ると、
次々へとやってくるうねりが見えた。
「洋に奔(はし)るもの」
それが波。
ただそれだけ。
それを俺たちは求めている。
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