新品・中古サーフボード販売、カスタムオーダー、ウェットスーツ、サーフィン用品など。NAKISURFは、プロサーファー、フォトグラファー、ルポライターで知られるNAKIこと、船木三秀のコンセプトサーフショップです。

naki's blog

【魂号】ウルワツの聖波_(2222文字)

今朝も早くから起きてこれを書いている。

早くといっても夜中、

未明だったりしていたが、今日は2時に起きてしまった。

早寝したわけでもないのに、

波乗りもしっかりして、

昼寝もしていないのに数時間寝ただけで完全に目が覚めるのは、

あの波に乗った昂奮があるからだろうと推測している。

昨日もここに書いたが、

鎌倉でお世話になった方が6月15日に永眠されたと、

ここバリで聞き、

それを彼の友人のマデ・カシムに伝えようとウルワツまでやってきた。

そこで見たのは繁栄という名の、

または消費行動の最たるもので、

11世紀に建立された歴史あるウルワツ寺院(Pura Luhur Ulu Watu)ですら、

日没時の境内でケチャッダンスをショーとして上映している。

このウルワツ寺院は、

クタや空港から海に向いて左側の半島(バドゥン半島の南西端)にある。

「ここはですね。16世紀に超高僧のダン・ヒャン・ニラルさんが、

ウルワツに隠遁して、解脱に達した場所です」

そう教授は言っていた。

そんなタキビシ的な場所であります。

そんな神聖なる場所が、

富で買われて、ついには陵辱されたような気分となった。

けれど、

その繁栄の頂点のオーナーのひとりとしてマデ・カシムがいたので、

これはカウアイ島と同じようにタイタス・キニマカが、

ククイウラの開発プロジェクトに関わるように、

開発という流れは、

なかなか抗えないものだと思い、自身を落ち着かせた。

Uluwatu, Bali, 2018

さて、私が次にすることは波に乗ること、

亡くなってしまった彼の魂を乗せて波に乗ることだと感じ、

洞窟浜に降り、波打ち際まで行くと、

崖に設置された欄干以外は太古から何も変わっていないことを私に伝えていた。

鎌倉の先輩は65歳でこの世を去った。

彼を最後に見たのはサーファーズ岬だったので、

波を待っているときの彼、Sさんの笑顔と、

「フナキ、いつまでも良い波に乗れよ!」

そのお言葉が私には焼き付いている。

干潮まで待ったのは、

最上級のコーナー波に乗りたかったからであり、

そうすると、

人も少なくなる(ほとんどいなくなる)ことも知っていた。

実際にパドルアウトすると、

浅い岩棚は波下に迫り、

たった20〜30cmの水深がその亀裂や隆起概要を伝えてくる。

もしボードを流してしまったら、

遙か彼方のパダンパダンまで行ってしまうだろう。

夕陽が落ちてきているから、

ボードが見えなくなってしまうかもしれない。

さまざまな状況に怯む意識が芽生えるが、

マデ・カシムと、

鎌倉の大先輩の強靱な気持ちを乗り移らせて、

そして夢にまで見た波だと気持ちをさらに入れて波を待った。

セットがやってきた。

分厚い裾野を持つうねりは、

広く長く伸びているが、

全てはリーフに沿ってブレイクすることを知っている。

夕陽に透ける波先。

太陽を隠すようにうねりが連なっては、

自分の下をゆっくりと過ぎていく。

満月から少し欠けた薄い橙色をした月が黄昏に浮かび上がり、

そらは宇宙を映しはじめていた。

一瞬、

いなくなってしまったSさんの視界となったような気持ちとなると、

その次の瞬間、

美しくも妖しくも、そして威厳のある波がやってきた。

Catch Surf Odysea® Skipper Fish 6’0″

.

富・権力・名誉、時代に穢(けが)され、

衰えさせられ、踏み付けられてしまったものがある。

目の前に見えるものは、

創史から何も変わらない純潔な波。

この海の霊がまつられている寺院の前で、

ディープ・グリーンゴールドの波に還るような気持ちでテイクオフすると、

それはまるでいつかの夢のように、

そしてSさんの魂を乗せたかのようにスルリと滑り降りられた。

中腹でレイルを立てると、

波が舞うようにめくれ、丸まりが私を包んだ。

それが一瞬だったのか、

永い時間が過ぎたのははわからないが、

丸まりは光となり、

自分の存在が彼方に浮かんでは消えていった気がしたが、

私は無傷で波の後ろに出ていた。

人生で生涯忘れがたい伝説波を得た。

Sさんのこと、自分が10代の頃、

そして20歳で初めて乗ったバリの聖波。

当時は聖なる波などがあるとは思ってはいなかったが、

こうして波乗りを必死に真摯に続けていると、

この世界は私が考える以上に深く、

すばらしいものだと気づき始めた。

その上での旅。

そしてこれは自分の余生を送る場所を探す旅でもあった。

浅い岩棚の上で手とフィンを擦りながらパドリングを始めた瞬間、

なぜか源氏物語内の鈴虫という一節が浮かんでいた。

もしかすると鈴虫というインスピレーションは、

夢枕獏さんの『陰陽師』だったのだろうか。

宿に戻ってきて調べてみると、

それは秋の歌だったので、

この不思議で深いことに替えてここに置いてみた。

.

雲の上をかけはなれたる聖波にも忘れせぬウルワツの月

 

【源氏物語『鈴虫』(翻訳:与謝野晶子)からの替歌】

Soichiro san, Rest In Paradise…