3.8フィートの週末
片岡鯖男
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1-6
ハワイ・ハナレイ編の続きです。
↓冒頭を読んでいない方は、こちらから↓
裏道から敷地のなかへ斜めになんとなく入っていき、
Lumbini(ルンビニ)と書かれた建物を左に曲がって、
とおり越したすぐのところに、僕はサバットを停めた。
ここが僕の定位置だ。
手前のぬかるみを石でよけて、もう少し奥へいくと、
会館と民家の境界となっている小径がある。
その小径の奥に、二階への外階段が一本立っている。
自動車でここに入って来た人は、
たいていはキンダーガーテン、幼稚園の前に停めたい、
という気持ちを起こす。
しかし、キンダーの前には椰子の樹があり、
そこからは椰子の実が落ちて来ることがある。
サバットの屋根のまんなかが、大きくくぼんでいる。
かつて友人が、その椰子の樹の下に停め、
落ちて来た椰子の実を屋根が受け止めた結果だ。
サバットの屋根ならくぼむだけですむが、
人の頭だったらそうはいかない。
ピッツアとフレンチフライの入っている平たい箱を片手に持ち、
僕はサバットから雨のなかに出た。
サバットの箱を傘のかわりに頭の上にかざし、
タイラー・ウォーレンが描いた、
NAKISURFステッカーが貼られたドアを閉じて、
僕は居間へ歩いた。
今夜の僕はこの家に泊まる。
だからサバットは夜のあいだずっと、
ここでハナレイの雨に打たれ続ける。
居間では、
友人がTVでメジャーリーグ・ベースボールを見ていた。
ESPNのサンデー・ナイト・ベースボールだ。
アレックス・ロドリゲスの解説が評判になっている。
僕はヴァンズ・シューズを脱いで居間のフロアに上がった。
キチン側に長方形のスペースがひとつあった。
そのスペースのぜんたいと、TVがある居間とつながっている。
ここも居間なのだ。
僕はテーブルにピッツアの箱を置き、
居間のスペースへ歩いた。
居間の窓側へ来ると、視界ぜんたいが海となる。
居間の外にはヴェランダがある。
地元の言葉ではラナイだ。
海が見える家と言うよりも、
ラナイと家とが海に付属している、と言ったほうが正確だ。
ラナイに出て海に面したてすりの前に立ち、
直角に左を向くと、
視線の延長線上にあるのはドラゴンヘッドのグーフィーだ。
北東うねりが良く、
それぞれのうねりが持ちあがり、
バレルになっていく興奮を楽しむことが出来る。
波のすぐ下にあるリーフはとても浅く、
しかもその形状は特殊なのだ。
雨の夕方の海を背にして、僕は居間のフロアにすわった。
居間のスペースのまんなかに、黒いテーブルがある。
これは展示会でときおり使われるので、
僕たちにとっては親和性が高い、テーブルだった。
友人がそのテーブルにピッツアを持って来た。
平たい箱を開いて真ん中に置いた。
箱のなかは半月分がベジタリアン、
そして半分がベーコンのハワイアン。
ピッツアカッターによるスリットが5本入っていたので、
五枚ずつ、
十枚の大きなスライスだった。
友人がキチンへいき、
紙ナプキンとビールをかかえて来た。
冷蔵庫のいくつもの製氷皿に作った氷を満たしたプラスティックの箱のなかに、
ハイネケンの小さな瓶が何本も埋めてあった。
突然、
さきほど前を走っていたフォード・ステーションワゴンのことを思いだした。
いま僕が食べているピッツア屋の裏の家に、かつて彼は住んでいた。
徴兵されて検査に合格し、
髪を短く切った彼と最後に夕食をともにしたときもピッツアを食べた。
そのときのピッツアは、
かめないほど硬いペパロニが薄いチーズの上へばりつき、
おいしいとは言い難いものだった。
このおいしいピッツアから、
あのときのおいしくなかったピッツアの匂いが立ちのぼる。
それが亡くなってしまった彼との最後の食事であり、
先ほど車の中に充満したピッツアの匂いのなかにも彼は残っている。
僕がすわっている場所から天井を見上げると、
梁の上には彼が残していったサーフ・ボードがあった。
7フィート近い長さのシングル・フィン、
それよりも少し短いツイン・フィンがオレンジ・ティントをまとって、
すこし、寂しそうに梁に横たわっていた。
[1−7に続く]
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