マスコミというかメディアを見ていると、
つるし上げとか、
マジョリティ(多数派)に
後を押されたような正論(だと思っているもの)があり、
それら全てがマスコミだとか、
大衆に操作された意見だと思えてきた。
でもそのじつは、
それらの意見は、
日なたにずっと放置された缶ビールみたいなもので、
旬を失ったというか、
誰も相手にしないもの、
欲しくないものだとわかると、
自身に閃光が落ちてきた。
友人を見ると、
右だったり、
左手を見ても「大変です」ということで、
または鬱や躁、
良くても落ち込んでいる人ばかりで、
自分も同じようなものだとわかる。
けれど、
そんなことは大丈夫だと他人にも、
もちろん自分にも言い聞かせるのが、
この時代の特徴でもあるように思えてきた。
Catch Surf® Skipper Fish 6’6″
Nakisurf Original Twin + Vektor VMK
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サーフィンには、
世間とか日常と違い、
薄氷の上を歩くような慎重がある。
瞬間と瞬間が連なり、
そのときの教訓を体にたたきこまれる。
その困難を打開するのは、
自身の運命へ反抗する生命力のようなものだと気づいた。
Shiggy-G on
Catch Surf® Skipper Fish 6’6″
Nakisurf Original Twin + Vektor VMK
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シギーGもまた、
そんな行ったり来たりの薄明のなかで息をする仲間だが、
そのイデオロギーは、
「絶対的なものに擁護されること」
にこわばり、
心細くなって世間を避けてしまうようだ。
私も世間を拒み、
やさぐれて毎晩ハイラインの世話になり、
自らを罵りながら未明に起き上がり、
それでもなんとか文章を書きつられている一人だ。
サーフィンという行為は衝動の本質がありつつ、
自分では意識の原型さえも持ち合わせていないと、
あわててその像を結ぼうとする。
けれど、
この世間ではそんな表現というか、
サーフィンをするという生き方ですら悪であるので、
私たちなどは息を潜めて生きる代わりに、
波の上での突発現象を好んでいるのだと、
この記録的な雨の日に気がついた。
【2週間後の追記は翌日リンクでした】
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【巻末リンク:波乗りの幸せとは?】
【巻末リンク*2:ハッピーサーファーへのエールというご加護】
Happy Surfing and Happy Summer!!
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