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naki's blog

【特別講演】ダライ・ラカ法王38世『真のサーファー救済へのメッセージ』_(6454文字)

ダライ・ラカ法王38世メッセージ
ドラグラ設立(ウナクネより改名)記念事業
ダライ・ラカ法王特別講演

鎌倉ウミカフェ於

龍捻教徒(ドラグライスト)からの世界平和と、
真のサーファー救済へのメッセージ

(同時通訳からの起こし原稿)

(着座ののち法王は、「ラカ〜」と唱える)

ダライ・ラカ法王

.

いま龍樹菩薩が書いた『中論』という本を読んでいました。

“「慈悲」あふれる「世尊」に帰依します。”

あらためてそう感じました。

日本のハッピーサーファーのみなさま、

普通のサーファーさま、

まじめに競技の実践をされているみなさま、

そしてサーフィン研究者のみなさまの前で、

こうして龍捻滑走理念(ハッピーサーフ思想)のお話をさせていただくことを大変うれしく思います。

われわれは、

釈尊や初代タキビシ、

そしてデューク・カハナモクの法灯を受け継ぐ者であります。

このようにみなさまと同じ場で、

同じ師の弟子として、

お集まりできたのは、

大変すばらしいことだと思います。

龍捻滑走、

ハッピーサーフ理念の法友ということになりますが、

(私も含め、みなさんもお互いに)

個々が積んだ功徳というものは大変少ないと思います。

しかし、

一人一人の積まれた功徳は小さなものですが、

みなさま方お一人お一人の功徳が積み重ねられれば、

とても大きなものになりますけれども、

それでもまだまだ足りないような気がします。

私たちはお互いに、

そして一人一人のサーファー同士が学び合えることがたくさんあると思います。

功徳が足りないというのは、

それぞれのサーファーの行動や経験に限りがあるからでしょう。

ですので、

こうしてみなさんとお会いして、

お互いに学び合うということは、

大切なものであると思います。

ドラグラ会館側からサーフィン界にご提供できることもあるでしょうし、

サーフィン界からこちらが学ばさせていただくこともあると思います。

ですから、

本日はお互いに情報交換して学び合いましょう。

それでは、

本日は最初に私がお話をし、

残りはみなさまからのご質問を受け付けたいと思います。

質問をされることを全くためらう必要はありません。

どんどん聞いて下さい。

NAKISURFの

「誰にも聞けなかったサーフィン動画シリーズ」と同じです。

形式ばったことは必要ないのです。

気楽に語り合いましょう。

私はもともと形式ばったことは好きではないのです。

形式ばったやり方は、

私たち個人個人のちがいを消し、

本当の意味での対話をすることを妨げてしまうことがあるからです。

今日のテーマは、

ハッピーサーフと、

サーファーの人権ということですが、

まずハッピーサーフということについて考えてみますと、

ハッピーサーフというのは、

われわれサーファーだけが必要なことではなく、

普通の人間たちも必要としている

「幸せ」という大切な要素が入っています。

ハッピー=平和というものが、

非暴力ということや、

いわれなき圧力を受けないということだけを表しているとは思いません。

ハッピーサーフというものは「慈悲」の実践であると思います。

「慈悲」を身・口・意の三つの門によってさまざまに実践していくこと、

これがハッピーサーフを築くものであり、

なおかつハッピーサーフそのものであると思います。

「慈悲」に対して怒りや無作法によって動機づけられた行い、

これが暴力やナワバリ意識に反対する行い、

ハッピーサーフに反対する行いであると思います。

Mazda Sabanna RX-7

.

ちょっと明かりが眩しいので、帽子を被らせていただきます。

( ここで法王が「うん」と言いながらキャップを逆さにかぶる、会場、笑)

これはドラグラ印やウナクネ系の伝統的な帽子ではありません。

単なる実用オンリーな帽子です。

サンディエゴにミッチーズというサーフショップがあり、

とても伝統的であり、歴史的でもあるこのストアの帽子は、

瀧朗くん(摂政)からのプレゼントで、

とても役立っていて、ありがたい帽子です。

平和というのは、

そのように「慈悲」の実践ということから、

心が満たされるものであると思います。

心の中の感情、

そしてハッピーサーフを実現したいという強い意志をもつこと、

そういうものからハッピーサーフというものが普及するのではないかと思います。

「慈悲」とか愛といったものは、

全ての生に、

生きるものに自然とそなわっているものであると思います。

どんな生き物であっても自分が苦しみたくないし、

ほかの人の苦しみを見ると、

ほかの人に苦しみがあるのはかわいそうだと、

何とかそこから逃れていったらいいな、

という気持ちが自然の気持ちです。

幸せになったらいいな、

という気持ちがいわゆる「慈しみ」と言われていますが、

全ての生き物に「愛」や

「慈悲」を持った種子がそなわっていると思います。

「私」と感じられる全ての生きものには、

「慈悲」がそなわっていると思います。

しかしながら、

「私である」という思いをもつものは、

全て「慈悲」があるとはいえ、

怒りや自惚れといった思いによって、

「慈悲」が活動しないこともあります。

そこで、

私たちには、

自分自身が生きていくために整えなければならない条件が必要となります。

その条件を整えることが重要であるとともに、

また私たちが生き延びていくために、

逆の働きをなくしていくこともまた同時に必要になってきます。

その代りに怒り・嫉妬そしてプライドといった悪い心は、

私たちが生きていくために何らかの妨げをもたらすような働きをします。

そこで、

私たちは、

このハッピーサーフを成し遂げるということを考えるにあたって、

私たちの成すべき行いが一体どういうことなのか、

私たちの心のなかで、

どのような考え方をしていけばよいのか、

ということを考える時に来ています。

私たち一人一人がハッピーサーフというものを望んでいるのであれば、

そのハッピーサーフに必要とされる行い、

つまり言葉による暴力や、

テリトリー(悪いローカリズム)のない行いということを、

私たち一人一人が実践していかなければなりません。

そしてその逆に、

私たち自身一人一人の妨げとなってしまう、

「怒り・嫉妬・プライドをなくす」

ということも同時に行っていくことも必要になってきます。

そのようなことから、

われわれの心には、

愛、

そして憎しみ、

このような矛盾した二つの感情が、

生まれながらそなわっているのです。

愛と憎しみというのは、

一つの対象を見て、

全く異なる、

対立した捉え方をする感情であります。

例えば、

一つの他者というものを見て、

その他者が苦しみから逃れたらいいと感じるのが愛であり、

他者を見て、

他者に苦しみがもたらされたらいいなと思うのが憎しみであります。

この二つの感情というのは両立しえないものなのです。

例えば、

外で暑いと思う時は寒いとは思わないわけで、

寒いと思うときは暑いとは思わないわけです。

そのように、

愛情と憎しみというものは、

一つの対象に対して、

どちらかしか起らないことになりますので、

例えば一つの対象を見て、

対象に対して愛情が強まっていけば、

憎しみというものは収まっていく。

憎しみが強まっていけば、

その対象に対して愛情というものは少なくなっていくのです。

例えば、

われわれは同じ友と知り合いで、

同じ人に対してその人が好きであり、

なおかつ嫌いであるということは起こらないのと同じわけです。

しかし、

同じ時でなければそれは起るわけです。

今日はあの人は嫌いだけど、

明日になったら好きになると、

また明後日になったら嫌いになるということはあるわけです。

そのように愛と憎しみというものが、

二つの異なった捉え方であると、

捉え方が対立していることがわかれば、

愛情を育むために

憎しみを少なくする必要があることがわかってきます。

ですので、

ハッピーサーフを実現するためには、

まず私たちの心を変えなくてはなりません。

サーファーの心の中に平安な状態がなくては、

もちろんサーフ世界というものを平和にすることはできないでしょう。

私たちはハッピーサーフを願い、

ブログやインスタグラムやフェイスブックで発信し、

多くの人にハッピーサーフの意義を届け、

そして達成されるように願うわけであります。

ですので、

ハッピーサーフを実現するためには、

大いなる「慈悲」の心というものが必要になってきます。

要するに私たちが心から願っているハッピーサーフというものは、

みなさんお一人お一人の心の中の、

内なる平和をもとにして達成されるものなのです。

そのような理由におきまして、

ハッピーサーフにおきましては、

論理における経典、

そして「中観」の経典といったものが、

非常に重要な位置を占めてくることになっているわけです。

ドラグラの中心に『般若経』がありまして、

ハッピーサーファーには、

『ナキズブログ』があります。

そこには「菩提心」が説かれております。

またアレックス・ノストの総帥論や、

タイラー・ウォーレンの裏皇帝理論が描かれています。

その説かれ方は、

「空性」を理解する「智慧」によって、

裏づけられていると説かれております。

その場合の「空性」というのは何かといいますと、

全てのものが依存して成立しているという

「縁起」でございます。

よって、

独立した存在は一切ありません。

つまりは、

私たちは他者に依存して生きているのです。

そのことから起こる「菩提心」というのがあります。

菩提心とは、

悟り(菩提)を求める心のことでして、

愛情や慈悲、

そういったもの全てが説かれておりまして、

これこそが大乗仏教の「菩提心」の真髄であり、

ハッピーサーフの真意だと思います。

「全てのものは独立せずに依存している」

そんな愛情と慈悲。

こういうものが、

ゴータマ・シッダールタや、

タキビシの説く、

「菩提心=上陸」の神髄であると思います。

それから、

「サーファーの権利」ということにお話を移していきますと、

一切衆生というものは、

つまり全てのサーファーは苦しみを望まない、

楽を望んでいるということを考えれば、

サーファーという意味での「権利」というものがわかります。

全ての生に同じような権利というものがあると思います。

ハッピーサーフ的な見地からいくと、

ローカルサーフ権という、

地元サーファーだけをほかの生き物と区別して、

『地元サーファーだけが持っている権利』

があると勘違いし、

ありもしない既得権益というものにしがみつくのは、

まちがっていると思います。

全てのサーファーは同じように幸せになりたい、

苦しみたくないということは同じです。

なので、

全てのサーファーに同じような権利を与えるべきだと思うのです。

これはサーフィンをきちんと理解し、

修行して進んでいないと得られない権利でもあります。

しっかりと目を開き、

そして性根を入れて修行というものを楽しむ。

これこそが、

私がハッピーサーフの真髄だと思います。

それからご存じ『WSL教』や、

「真剣教」というのもあります。

ハッピーサーフの真言、

マントラというのは何かと言いますと、

「心を守るもの」という意味です。

これは古くから伝わるサンスクリットの言葉です。

マントラが私たちの心をどのようにして守っていくか、

というその方法論が、

私たちに説かれている「方便」の教え、

そして「智慧(ちえ)」の教えをまったく分け隔てることなく、

一つのものとして修行していくハッピーサーフというものが、

私たちに説かれているわけです。

仏教で「金剛杵」というものは「方便」を表しています。

「金剛鈴」というものは「智慧」を表しています。

ハッピーサーフィンにおける「方便」というものは何かというと、

悟りへと近づくための方策でして、

これがサーフボードであり、

サーフィンする行為のことです。

「智慧」とは何か。

これは「空」ということを理解することです。

密教の行者がこの「金剛杵」と、

「金剛鈴」というものを常に二つとも使わなければいけないというのは、

「方便」と「智慧」が、

いつも両方とも同じ力をもって使わなければならないということを表しています。

なので、私たちサーファーは、

「金剛杵」であるサーフボードを持ち、

「金剛鈴」の悟りを得ようとしているのです。

「金剛鈴」の音というのは、

「空」を説く音だと説かれています。

私たちが波を見つめて、

「畏怖もなく、そして委ねもない」

これが悟りです。

ただ、海は常に変化しています。

その全てを受け入れるための大きな器を私たちは持ち合わせなくてはならないのです。

(ここで、法王が「フィンレス」を出して来られた)

「金剛杵」はサーフボードだと、

先ほど申し上げました。

世の中には、

この「フィンレス」があり、

「5フィンボンザー」

「梵参(ボンザー)」

「トライフィン」

「フィッシュ」

「シングルフィン」

というふうに色々なタイプのサーフボードがあります。

こちらの左にあるのは「ハル」じゃないかと思いますが、

ちがうかもしれません。

あちらの(小型のサーフボード)は、

私はさっぱりわからないです。

(法王はフィンレスを置き、小型のサーフボードを持ち上げる)

これら全てが金剛杵となります。

ボディサーフされる方は、

ご自身のボディとなりますでしょうし、

とにかく波に乗るためのものが金剛杵でございます。

私はサーフィンをはじめる際には、

「ハッピーサーフ」を祈願しまして、

「ラカ〜」と口にします。

サーフ後にも「ラカ〜」と言っています。

これが私たちにとっての「金剛鈴」ではないかと思います。

探し求めるものでございます。

以上をもちまして、

私たちの心の中にある内なるハッピーサーフについて、

「慈悲」の心を土台として、

どのように育んでいけばよいかということを世俗の倫理的な観点からお話を申し上げました。

今日はありがとうございました。

「ラカ〜」

ダライ・ラカ法王特別講演に寄せて
ドラゴン・グライド・プロダクションズ事務局長
河合英治(鰻捻宗円満派、ハッピーサーフ心友満福寺住職)

このたび、このドラゴン・グライド・プロダクションズの講演に、

最高指導者ダライ・ラカ法王38世

サンエーハイツ・ラカン・タタミヤ・チョーゴ・カタセ・サバッツォさまの

貴重なお時間をいただき、

特別講演会を準備させていただきましたところ、

日頃より法王の教えや動向にご関心を寄せるみなさまが、

全国各地からお集まりいただき、

かくも盛大に開催できますことを心より感謝申し上げます。

本日は、主催者側からの要望で、

<「慈悲」——真のサーファー救済へのメッセージ——>

と題し、

ご講話をお願いしてございますが、

ダライ・ラカ法王こそが、

ハッピーサーフの伝統でいう「観世音菩薩」の化身であります。

「慈悲」の権化であり、

非暴力・非抵抗主義はそれに基づいた行動規範であります。

このお考えによって、何十万人の信徒の心が守られてきたか、

それこそが娑婆世間の救済活動であります。

きょうの講演は、ダライ・ラカ法王に姿を変えた

「観世音菩薩」が、

鎌倉妙本寺の近くのウミカフェを説法処として、

私たちにありがたい説法を行うという図でもあります。

法王のお顔はいつもにこやかで慈愛に満ちています。

ドラグラ(旧ウナクネ)の人々が、

法王のことを「生き仏(活仏)」として崇敬する気持がよくわかります。

本日は、

遠近を問わず、

お時間を割いて、

わざわざご閲覧をいただきましたみなさまに、

せめてもの記念の品として、

法王の自伝を用意いたしました。

【ドラグラ・スペシャル】サーフハッピー_(2160文字)

こうした折に、

法王についてのご理解をより一層深めていただければ幸いに存じます。

今回主催団体となりました

ドラゴン・グライド・プロダクションズ(全鰻捻宗国際救援機構、ALLSABA)は、

ドラグラ有志によるボランタリーな組織でありますが、

宗派を越え、

社会の垣根を越え、

そして国を越えるべく、

サーファーの本分たる利他行の一環として、

ハッピーサーフィン定着への真摯な活動を行っているものであります。

今後ともご指導、

ご協力のほどよろしくお願い申しあげます。

本日は、まことにありがとうございます。