まったくの無風ですと、
タマサキにいるマグやんから夜明けごろに連絡がきた。
昨日の話だ。

けれど、
「波は濃霧で見えません」
そんなことなので、
無風コンディションはあきらめて、
干潮時刻に行くことにした。

すると、
それは見事に晴れ、
オンショアであるが、
レフト&ライトと見事な波だった。

上画像で波に乗る人が見えたなら、
それはマグやんのグラブレイルだ。

ライトは100mは乗れる波があり、
レフトはおよそその半分の東北東うねりだった。

波はいわゆる腹くらい、
湘南あたりの波のないエリアから来たひとたちは、
ムネカタと言うだろうか。

マジカルカーブのセッションとした。
薄いフィンという性質も相まって

*フリー・フリクション(FREE FRICTION、摩擦0)だと、
先生が私の波乗りを見て感じたと教えてくれた。
*巨匠デレック・ハインドがサーフィンにおいて提唱するお言葉

話は変わって、
デヴィッド・バーンが来日し、
円月シャッチョさんや、
タキローからその動向を聞き、

連想的に彼の、
Burning Down the Houseを思いだしていた。
正確にはトーキング・ヘッズ全員の共著である楽曲だ。

Watch out
You might get what you’re after
Cool, babies
Strange but not a stranger
I’m an ordinary guy
Burning down the house

Hold tight
Wait till the party’s over
Hold tight
We’re in for nasty weather
There has got to be a way
Burning down the house

デヴィッド・バーンは、
くだんの大雨で遅れた有明Liveがあり、
その前に聖(セイント)ハルオミ・ホソノのDaisy Bellを訪問していた。

細野さんが率いたYMOの活動と、
トーキング・ヘッズの始まりがほぼ同時期だ。
(1977年〜、YMO1978年〜)

さらには、
セカンド・アルバムよりブライアン・イーノが、
トーキング・ヘッズのプロデューサーとなった。

イーノは、
細野さんの熱き理解者となるので、
このお二人の音楽的家族愛がこのような形で具現化したのだ。

具現化しつつ、
1977年のサーフィンを見ると、
トロちゃんがブルドラあたりでサーフしているのだった。

それにしても美しいボードカラーだ。
アフロのトロちゃんも見たいところですな。
そうトロピカル松村博物館のことを思い浮かべていた。

□
【巻末リンク:タキローとデヴィッド・バーン】
【巻末リンク*2:冒頭の楽曲。日本でも最新が録画されいていた】
Happy Surfing and Happy Lifestyles!
◎
