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火と波のすばらしさ[Blue.誌94号 / 2022/5月号巻頭コラムより]_(1484文字)

桜満開の土佐高知にいる。

四万十のオートキャンプ場に行くと、

そのいろいろの秀逸さに

「うーむなるほど」とか、

「ふむふむ」と、

感服するほどうならされてしまった。

調べてみると、

日本のアウトドアの会社が作ったものだった。

アウトドアの会社にもいろいろある。

例えば、

他国製品を輸入し、

ネームバリューによって販売戦略を立てたものや秀逸な自社製品によって、

コア層のファンを獲得したもの、

または自然環境を念頭に置いた製品等々。

そのオートキャンプ場を企画実行した人の本があったので読んでみた。

著者の山井太さんは焚(た)き火のすばらしさを伝えていた。

さらに読み進むと、

「火は人を素直(すなお)にさせ、火を見るお互いの心をつなぐ力がある」

とあった。

同感だ。

そう考えると、

現世界のいろいろがわかる。

火を見ればいいのか。

かんたんだが、

たいていのエリアは、

タキビは禁止事項となっている。

で、

このアウトドアブームの魅力の多くは火なのだと気づいた。

山井さんは、

「革新的な仕事を生む原動力は、

『好きという気持ちや楽しいという感覚だ』」

そう明記していた。

「好きという気持ち」と読んで、

どうしてサーフィンが好きなのだろうか?

そんなことを考えてみた。

私にとって幼少時から一番好きなことは、

「水で遊ぶこと」だ。

楽しいという感覚は、

バイク(モーター・サイクル)にもどっぷりとはまったように

「接地が少ない」

バランス感覚に魅せられてサーフィンに夢中になったのだと分析してみた。

サーフィンを始めると、

テイクオフの速度に感動しつつ恐怖をおぼえた。

転ぶ瞬間には体をこわばらせ、

やってくる衝撃に備えた。

だが.

サーフィンは道路とは違って、

「え、こんなに優しいのか海は!ケガをしていない」

と感激したことは忘れられない。

どんなものでも革新的な方法を得ることは、

人生において大きなことだろう。

例えばサーフィンをするとき、

料理のとき、

車を運転する、

全てに目を入れて、

制度・組織・習慣などを解体しつつ構築している。

上手な人がいれば見学して、

模写も、

または思想をも伺ったりする。

とくにサーフィンは、

五感を研ぎ澄ませながら自身の肉体と精神を磨くことが、

前述した「好き&楽しい」を生む原動力になっているようだ。

さて、

革新的の反意語は「保守的」だとあった。なるほど、

この革新に満ちたサーフィン世界にもさまざまな保守があり、

文字通り身を守るものから、

それぞれの世界を守るものまである。

例えば、

ロングボード禁止とあるが、

その発端は、

「他者のことを思いやる気持ちもなく過浮力ボードで乗りまくったサーファーたちによる爪痕」だ。

けれど、

私たちがロングボードに乗ったからといって、

他者の波にまで乗ってしまうことはない。

火事の心配のない、

海の前の広大な駐車場ですらBBQ禁止という看板を見かける。

これは「先人がゴミをそのままで帰ったから」だとは言うが、

保守派は、

正論を後ろ盾(バック)として、

禁止事項のきっかけを見つけてては「全禁止」にしてしまう。

サーフィン関係においては、

革新であろうと、

古式ですら

『悪い保守派(サーフィン世界に軍隊式を持ち込んだ全体主義者)』

からは、

そんな乗り方は容認できない、

よって禁止だと聞こえてくる。

サーフィンの原点は海遊びなのに、

いつからこんな規律が始まったかはわからぬが、

きっと各団体が、

心が奔放なサーファーたちを

「整列させる快感」を持ったからだと感じている。

そんな迫害にも似たサーフデイズもある。

だが、

私は、

「五感を研ぎ澄ませる」

という海遊び本来の主題を失わず、

今日も海に向かい、

自身を切磋琢磨し続けるのだ。

(了、4/15/22)