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naki's blog

【2022/11_Blue.巻頭コラムより】_酒と波の適正浮力のアイロニー(コロナ禍中に書いた作品)_1654文字

酒と波の適正浮力のアイロニー

美しい山の緑。

海の水色(すいしょく)はさらに青くなった。

戻り鰹の土佐。

ここで仲良くなった人たちがいる。

波周りで会い、

お互いの嗜好が合致し、

波情報の交換、

一緒に酒を飲んで意気投合。

集まるとうれしくて飲み過ぎてしまう。

で、二日酔い。(笑)

『アルコールは毒』

こんなことを聞いてひさしいが、

飲み過ぎるとその言葉が重くのしかかってくる。

たいていは、

「波が突然上がってきました!」という始まりだ。

二日酔いで体も頭も重いこちらは、

「え、波が上がる予想ではなかったはずだけど」と、

自身の軽薄さと無知を呪い、

頭の中を白くしている。

まあ、それは大げさな話だとしても、

酒を飲むと体が重くなるようだ。

”酒はちょっぴり辛いよね”

という話を酒の席ですると、

「ナキさんは、年齢を重ねたということです」と、

土佐の友人がボソリと言った。

どうやら私もそんな歳となったようだ。

さて、

今年の日本の波は不作というか、

不波気味であっただろうか。

『よい波の当たり年』

ではなかったと自分では感じる。

でもこれは、

日本全国津々浦々という言葉もあるほどなので、

良い波が多かった年と感じるエリアもあったのだろう。

陰と陽ではないが、

地球という球体上で見ると、

こちらが悪ければあちらがとても良いということになっている。

そんなことを言っていても、

単発というか、

数時間の潮位変動や海の鼓動のタイミングによっては、

今年も良い波に乗ることができた。

土佐から北上し、

富士山の麓(ふもと)までやってきた。

信じられないほど青く美しい海は、

はるか向かいにあるハワイの海が転写しているようだ。

砂地のサーフスポットはセットで膝。

脆弱な——岸近くでようやく崩れる波は、

達人でないと乗れるようなものではなかった。

もし乗れたとしても、

航行距離3mがマックスだろうか。

そんな波だけど、

大きなボード、

つまり高浮力ボードを乗った観点ならば、

テイクオフからショアブレイクまで、

およそ20Gm(グライド・メーター=滑走距離)

も出せる大満足系だと感得した。

けれど、

快晴の夏日と予報された日曜日。

よってサーフエリアは大混雑。

でもよく見ると、

ほぼすべての波が、誰にも乗られずに崩れていた。

どうやら全員が初中級者のようだった。

ちょうど夢枕獏さんの著書を読んでいて、

その中の主人公の気分となった私は、

「模範的サーファー役」という重大な決心が付き、

その役に入り込んだ。

もちろん無言である。(笑)

結果、

集中力が増したようで、

理想としていたサーフィンができた。

だけど、

役目は果たせなかった。

ラインナップに集う人たちの心は冷めていたからだ。

こちらを見て笑いもせず、

もちろん話さず、

ただひたすら、

いや必死に波に乗ろうと沖を見据えていた。

そりゃそうだ。

この波は弱いので、

いわゆる適正浮力の人には乗れない。

ん、とすると適正浮力とはナニモノだ?

こんなきれいな海なのに誰も楽しくなさそうだ。

松本隆さん(作詞家)ではないが、

冷えた波乗り世界を歌うペシミスティック(悲観的)な歌詞が書けそうになった。

これは妄想なのか、

感得なのか。

能面表情のサーファーの心の中は、

「適正浮力のヒトたちが乗れない波に乗るのは禁止です」

そんなことを思っているのだろうか。

とまあ妄想は膨らむわけです。

「多様性こそがサーフィンを救う。

救う=楽しむこと」

こんなスローガンを掲げた途端、

人種やジェンダーのことが浮かんだ。

子供のときからすごい才能のサーファーがいて、

やがてすばらしいオーシャンマンになった人がいる。

彼のインスタグラム・ストーリーズにこんなものがあった。

【古都にて】

マスクがなくても大丈夫という外国人たちがやってきました。

彼らは全員マスクをしていません。

けれど、

日本人はそれを容認できません。

なぜならマスクをしないとならないと書いてあるからです。

このことを誰が注意するのでしょうか?

アイロニーとは、

「無知の状態を演じること」という意味だが、

私はこれを見て、

ウルトラ・アイロニーという言葉が浮かんだ。

(了、2022/10/26)