新品・中古サーフボード販売、カスタムオーダー、ウェットスーツ、サーフィン用品など。NAKISURFは、プロサーファー、フォトグラファー、サーフライターで知られるNAKIのコンセプトサーフショップです。

naki's blog

【サーフィン研究所】38年前のサーフ仲間@代々木公園_権兵衛狸_(1080文字)

The Mid-length 2+1/ 6’8″x 19-5/8″ x 2-1/2″

Shape, Design and glass by @hiroyuki_maeda

Nakisurf Original Twin-Fins

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これは低気圧通過時のジェフリーズだが、

改めて画像を見るとなかなかのサイズがある。

波の重さ、

強さ、

そしてボトムの暗さのことを思い出した。

東京に出た。

38年前に千葉で知り合った友人が代々木公園にいるという。

私は鎌倉でサーフィンを始めた。

そしてすぐにこの世界で生きて行こうと決意した。

私の親類のご縁で、

東京は三ノ輪の木村源さんが主宰する『バリ・サーフ』さんにお世話になった。

『10フィートコード』

という国産のリーシュを製造販売するショップだった。

鎌倉のブルーワーサーフボードを扱っていて、

「君は下手だけど、

見込みがあるかもしれないから」

そんな文体で、

下重さんというシェイパーのご厚意でサーフボードが私に貸し出された。

で、

鎌倉周辺は波の立つ頻度が少ない。

千葉北に行ってみるといつでもサーフできた。

千葉でサーフィンの練習がしたいと熱望するようになり、

前出のバリ・サーフのクラブハウスが、

千葉の夷隅川河口横にあるから、

管理人としてそこに滞在できることになった。

感激した私は、

その海の前の川の横のクラブハウスに

『修行』

という名目で滞在させていただき、

夕方5時から深夜まで江場土でバイトをしつつ、

氷波から大波までたっぷりと毎日サーフできることになった。

そのときに仲良くなった人がいる。

それがイックンこと磯さんだ。

@isoyoyogi

38年前当時の彼は、

夷隅川から、

岬町の長者商店街に入る交差点近くの、

暗い病院の横の古民家に住み、

大原のラーメン屋で働きつつ、

サーフィンに人生をかけていた。

インスタグラム経由で彼からDMをいただき、

また私たちの交流が再開することになった。

インスタグラムでは、

彼は代々木公園のバスケットボール・コートにいて、

そのポストは毎日必ず数回という情熱的なもので、

さらにはストリート・バスケット・ボールを通じてコミューンを形成していた。

そのイックンに再会した日は暖かな快晴日だった。

【ドラグラのおまけ】

高知新聞にタヌキ・ネタが多いのは、

やはり身近にいるからだからだろうか。

【巻末リンク:20歳のときの千葉修行】

【サーフィン研究所】チバリーズまたはバキ_(2222文字)

【巻末リンク*2:宮鯖先生によるタヌくんのスピンオフ・ストーリー】

【ミヤサバ作】『幸せのタローマン』その1〈新滑走俱楽部〉_同時上映:キャッチサーフ祭_(1855文字)

Happy Surfing and Happy Lifestyles!!