
昨日は、
リアルすみっコの涼くんが初乗りにやってきた。

最近の涼くんは、
ワイプアウト癖があった。

それを改善しようとしていると、
他者とのモメゴトがあり、
それで一気に改善したというのが昨日の概要だ。

要は、
わざわざモメゴトを仕掛けてきた人がいて、
そのモメゴトとなったのだ。

初心者は大変だと思った。
ここで言いたいのが、
サーファーはもっと寛容に心を広く。

人が苦労して、
やっとのタイミングで乗ったのだから、
わざわざ近づいていって、
「当たり屋」みたいなことをしないで欲しいと切に願った。

私たちは楽しくやっていたのだが、
涼くんが乗ると、
インサイドにいた人がテイクオフして来た。
すると一目散に涼くんの後ろをつけまわし、
やがてワイプアウトした涼くんのボードに当たりそうになっていた。

「(涼くんが)後乗りだから悪い」
(当事者が後でそう言った)

波なんかいくらでも来るのに、
誰もいないのに、
涼くんが初心者だと知っているからか、
その人の暴挙に近い行動に憤慨した。

九十九里特有の遠浅、
つまり左右どちらでも乗っていける波。
こんな穏やかな日にわざわざそうしたことに目撃者全員が驚いていた。

わざわざ火中の栗を拾いに行く人は、
正論だと何をしてもいいとばかりに体を張ってモメゴトに向かっていった。

のみならず、
当たってもいないボードを細かにチェックして、
修理代を払わせようという魂胆が丸見えだった。

人を尊敬して、
優しい気持ちで涼くんに「GoGo!」と称えて欲しいと想像していると、

茂原あたりから目覚めた人がやってきて、
「他者に期待しないほうが、
ナキさんは幸せになりますよ」
そう教えてくれた。

空海の若きころは、
「補陀楽渡海」があった。
(フダラクトカイと読む)

それは南方の、
海のはるかに極楽浄土を求めて、
往生を願って船で渡ったという。

そのことから
「龍宮伝説」が生まれた。

同時に海の民は、
龍神を祀る海洋信仰となった。

足摺岬には、
海のかなたにあるとされた神や先祖の霊がいる他界へ、
または観音浄土に向かった話がたくさんあった。

そんな信仰の海の民は、
龍神に全ての祈りの思いをこめていたのだろう。

私たちも海の民だが、
祈りが足りていないのかもしれないと気づいた。

もっと祈らなくてならないと、
空海の説話を読んでいて感じた。

サーフボードだけで海に出るのは、
それこそフダラクトカイそのものだと思う。
祈る。
もっと祈らなければ。

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【巻末リンク:NAKISURF20周年ありがとう!】
【巻末リンク*2:海の民】
Happy Surfing and Happy New Year!!
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