【サーフィン研究所Hold tight号】マジカルカーブのビッグツインでフリー・フリクション_デヴィッド・バーンと細野晴臣さんの関係_(1206文字)

まったくの無風ですと、

タマサキにいるマグやんから夜明けごろに連絡がきた。

昨日の話だ。

けれど、

「波は濃霧で見えません」

そんなことなので、

無風コンディションはあきらめて、

干潮時刻に行くことにした。

すると、

それは見事に晴れ、

オンショアであるが、

レフト&ライトと見事な波だった。

上画像で波に乗る人が見えたなら、

それはマグやんのグラブレイルだ。

ライトは100mは乗れる波があり、

レフトはおよそその半分の東北東うねりだった。

波はいわゆる腹くらい、

湘南あたりの波のないエリアから来たひとたちは、

ムネカタと言うだろうか。

マジカルカーブのセッションとした。

薄いフィンという性質も相まって

*フリー・フリクション(FREE FRICTION、摩擦0)だと、

先生が私の波乗りを見て感じたと教えてくれた。

*巨匠デレック・ハインドがサーフィンにおいて提唱するお言葉

話は変わって、

デヴィッド・バーンが来日し、

円月シャッチョさんや、

タキローからその動向を聞き、

連想的に彼の、

Burning Down the Houseを思いだしていた。

正確にはトーキング・ヘッズ全員の共著である楽曲だ。

Watch out
You might get what you’re after
Cool, babies
Strange but not a stranger
I’m an ordinary guy
Burning down the house
David Byrne 1983
Hold tight
Wait till the party’s over
Hold tight
We’re in for nasty weather
There has got to be a way
Burning down the house

デヴィッド・バーンは、

くだんの大雨で遅れた有明Liveがあり、

その前に聖(セイント)ハルオミ・ホソノのDaisy Bellを訪問していた。

細野さんが率いたYMOの活動と、

トーキング・ヘッズの始まりがほぼ同時期だ。

(1977年〜、YMO1978年〜)

さらには、

セカンド・アルバムよりブライアン・イーノが、

トーキング・ヘッズのプロデューサーとなった。

Brian Eno

イーノは、

細野さんの熱き理解者となるので、

このお二人の音楽的家族愛がこのような形で具現化したのだ。

具現化しつつ、

1977年のサーフィンを見ると、

トロちゃんがブルドラあたりでサーフしているのだった。

それにしても美しいボードカラーだ。

アフロのトロちゃんも見たいところですな。

そうトロピカル松村博物館のことを思い浮かべていた。

【巻末リンク:タキローとデヴィッド・バーン】

【サーフィン研究所】ポスト豪雨_如来と成仏=無_タキローが見たデビッド・バーン_国王より勲章受章_(1026文字)

【巻末リンク*2:冒頭の楽曲。日本でも最新が録画されいていた】

Happy Surfing and Happy Lifestyles!

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