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naki's blog

【自身波乗り一万日記念特大号】_夢は何のために?_朝陽は天の火_全てを包む海_波乗りはマインドスポーツ、いや宗教!?_石の上にも三年、波乗り日が1万日を越えた日_達人VS入門者_ローカルが一歩外に出るとビジター_海藻漁師_闘牛岬とチャバとタチアガリ_一蓮托生の夏_二万日を目指して_(3751文字)

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暁方、

まだ意識がはつきりと目覚めず、

薄闇のなかで覚めてはまどろみ、

まどろんでは覚めるといつた眠りの水面への浮き沈みを繰り返しながら、

半覚半睡時特有のきれぎれの夢をみているとき、

あるかたちになろうとしてなりきれぬ薄暗い何かのかたちが奇妙なほど印象的で、

もつとはつきり確かめ、

味わい眺めてみたいと思いつめて眠りこむのに、

ついにそのかたちが明らかにならぬままに

暗い睡りの膜の向うに沈みこんでしまつて再び遭わないといつた場合がある。

その名残惜しい夢をひきもどすように、

目覚めてからの私はなお眼を閉じて、

いつてみれば、

立ち去つてしまつたぼんやりした夢の残像を思いきりわるく反芻しながら、

《永遠に実現し得ざる可能性》

にいかに私の内部が充ちみちているかを、

何時も味わいつづけているのであつた。

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埴谷雄高著ーー『渦動と天秤』より(1968年刊)

夢はこれから先に起きることの予告なのか、

それとも過去にあった記憶の断片なのか。

なぜ夢を記憶に留めておくことはむずかしいのだろうか?

それはあの美しい波もそうなのか?

いや、波は現実であるからそうではない、

と断定しつつも、

その焼き付けた一瞬は永遠であるかのごとく、

俺の作品ファイルに収まっている。

夜の闇が蒼くなり、それが白んできて、

星の瞬きが消えて暖かい朝陽が昇った。

夜明け直後の波の色彩ほどすばらしいものはなく、

その歓喜の一瞬に遭遇したのなら、

天の火を波にとじこめて獲得したような気となる。

波乗りという行為から、

波へと視点を移していくと、

海があり、そこには、

「俺たちの全てを包むもの」

という広大さに小さな目まいをおぼえた。

つまり、波乗りからの教えによるのなら、

「ミクロからマクロへ視点を移せ」

ということなのではないだろうか。

波は単であるが、いつだって複数である。

波からの教えを受け取るときは単であり、

複数のときもある

波の意志は、ときに神の存在を感じる。

宗教論みたいだが、

波を神さまと置きかえてみると、

それはさまざまな神があなたの前にやってきたはずです。

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美しい

やさしい

平穏

怒れる

楽しい

悟る

救える

等しい

波思想というのか、

波からのメッセージ、いや波の性格か?

波から思いつくのは他にもたくさんあるからここまでとするが、

波乗り、波遊び、

または海原や渚で身体を肉体鍛錬するという行為が、

ここまで深く自身の中に入り込んできているという感銘を受けた。

俺は、波乗りを開始してから28年が経ちました。

始めてからずっと波乗りのことだけを考えて生きてきた。

毎日必ず波を、滑走を思い浮かべてきました。

街を歩いているときに壁を見ると、

波壁を想像し、茂みを泡と仮定して右足を踏んでノーズを上げて、

茂みにバウンスさせたり、どこかのくぼみでかがんでいたり、

夢では大きな波に乗ったあとで飛んでいたり、

または水の中で呼吸ができるようになったり、

電車の中でスタンスをビシリと決めていたり。

そんなこんなで何日かを計算すると、

遂に10220日となりました。

「石の上にも三年」

「十年で一人前、一万日で達人」

という言葉があり、それをずっと信じていて、

ようやく一万日を達成しました。

晴れがましいことです。

達成した感想としましては、

謙遜ではなくて、

「まだまだ」という言葉のみが浮かびます。

こうなったら二万日を目指そう。

とすると72歳がその日です。

フレちゃんプラス4歳だから大丈夫。

68歳、

来月69歳となるフレちゃんはいまだに5’0″のBD3ですしね。

すごいなあ。

そしてこちらは波乗り日が千日のノア坊や。

一万日の俺から見ると、まだまだのはずなのだが、

それは楽しそうに波を滑っている。

「日数や経験なんてケーネー(cDセンパイ)」

というグライドなのであります。

楽しさだったら、もしかするとノアの方が上なはずで、

俺がノーズに乗るときは、つい真剣になりがちだが、

ノーズ初心者のノアにしてみたら

「新鮮ではじめての感覚」

に顔がほころんでしまうのだろうか。

これは先ほど書いた

「ミクロからマクロ視点」のようなもので、

「達人が入門者に学ぶ」ということはよくあること。

とすると、

このサイズの波での波乗りの楽しさは、

ノアも俺も平等なのだろう。

楽しもうとしているのか、

そうでないかの違いでもありますね。

入れそうで入れないビーチハウスのチューブだが、

きちんとストール(ブレーキ)していることにハナマルを。

本人は雰囲気というか、

すっかりとバレル気分なので、

「入ってないよ?」

と否定してはいけません。

なぜなら彼の顔がこんなに笑顔なのですから。

楽しくニコリンサーフ。

社会に出るとなかなかニコリンできませんが、

波に乗っているあいだは笑顔でいたいです。

なのに、

サーファー同士であってもそうはいかないときがあります。

先日も

「NAKISURFの人間は楽しそうにやっていてけしからん」

とおしかりを受けました。

「楽しくて、なぜいけないのでしょうか?」

マナーよくやってますよ。

混んできたら上がったり、

誰もいないショアブレイクで波待ちしたり、

いきなりポイントブレイクのピークに行かないとか、

手前に人がいて、抜けられないのに無理してテイクオフしない、

無人のところ以外に大人数で入らない、

みんなが乗れるように気にする、

海をきれいにするのは当然で、行き先々の土地で食事をしたり、

買い物をして貢献したり、

そんなことは俺たちはいつもやっています。

その話をきんちゃんたちとしていたら、

「またなんだね、そんなこと言うのって恥ずかしいよ。

気むずかしい話を海に持ち込むのは、俺たちの時代で終えてほしいね」

と言い、

奄美大島の勇生さんは、

「ローカルローカルって言いますけど、

一歩外に出たらビジターですから。

サーファー同士仲良くするのが一番ですよね」

と、その日も台風波をローカルとビジターで分け合っていた。

心を大きくするために波乗りをして、

肉体と精神鍛錬したサーファーたちですから、

そんなことはわかりますよね。

波乗りを愛するということは、そういうことです。

閑話休題。

これはツナくんがいるときのことだが、

ツナくんはセイジからBD3を受け取りたく、

ジェイデンとカイネヘは岩場のどこかから飛び込もうとしていて、

そしてノアがバケツを持っている写真が出てきた。

意味もなく、みんなが画角に入ったのでシャッターを押したのだが、

こうして見てみると興味深い。

ノアは、海藻を採っていたのでありました。

この海藻はオゴ、またはリムというもので、

調べてみると、

荒波が打ち付ける場所の岩場に生えるのだそうで、

なるほど、だからビーチハウスのここには、

たくさんあるのですね。

これがおいしいのです。

サーファーでないとなかなか得ることができない天然ものなんですよ。

ビーチハウス産だから御利益がありそうだ。

防水ポケットカメラから写真が出てきた。

普段このカメラを使わないので、

忘れていたが、見てみると先週の闘牛岬の画像だった。

BD3の虜となったツナくんだ。

下の画像は、

ミニノーズライダーで滑っているときに自分でノーズを撮ってみた。

水が茶色いのは、島の西側の特徴で、

赤土が流れ出ているからだそう。

俺にとってのハワイは、

エルビスの歌う『ブルーハワイ』という世界のみで、

この水の色を公開してしまうと、

そのイメージが崩れるからなのと、

観光的にあまり見せてはいけない写真なような気がします。

闘牛岬はタチアガリもたくさんいるから、

最近はあまり行かなくなっちゃった。

上がってくると、

浜にチャバ(・グリーニー)たちがいた。

「タチアガリは俺たちが成敗するぜ!」

と意気込んでいたが、

確かにこの日からタチアガリが少なくなったと聞いた。

タチアガリ自体は全く悪くはないのだけど、

波乗りを知らない人がやっていると、

全ての波を乗っていってしまうので、

多くのサーファーが閉口しているのです。

それほどまでにパドリング速度と浮力がすごい。

なんといっても「艪」ですからね。

でも、このあいだは波乗りを知っている人がやっていて、

スネーキング(回り込み)をしたりしていたから、

やはりそれは人間性によるものなのかも。

とにもかくも、サーフィンVSタチアガリは、

自転車対オートバイ対決のようなものであるので、

同一のブレイクで一緒にサーフするのは、

タチアガリ側がサーファーと同じウエイブカウントと、

波質も同じように不公平ないようにサーフして欲しい」

と、サーファー側の意見と、闘牛岬のオヤブンの意見でした。

このチャバは、

パイプラインのボルコムハウスで見かけると、

やたら怖そうだけど、この島ではいつもニコリンしているんですよ。


「最近は食べものの話が少ないですね」

とブログ読者からメールをいただきました。

だからというわけではないが、

カイラ謹製の

『レインボー・カップケーキ』をここに。

スポンジ部分が虹色でした。

おいしかった?。

ノースハワイの蓮池。

蓮に託す気持ち。

夏の季語でもあります。

今日も来てくださってありがとうございます。

明日からは二万日を目指しますので、

どうぞどうぞよろしくお願いします。

「いつまでも初心忘れるべからず」

で楽しみましょうね!

ALOHA!