世界を覆っていた雲がなくなった。
むき出しの太陽が昇ると、
鈍い色をしていた海の上に満開の波の白い花が咲いた。
パドルアウトし、間近で見る波はまるで動く宝石だ。
最近の波乗りでのテーマは、
“美しい波を優雅に滑る”
ということ。
“優雅に滑る”ということは、
波に乗っているときだけではなく、
パドリングアウト、ワックスアップ、
車の運転の仕方まで、
という普段からの端正なる挙措が求められている。
足を曲げるときは、
波乗りの際のスタンスよろしく、
膝を内側に曲げる、判断は一瞬で確実に等々、
いくつものやり方がある。
これを会得すると、
海に行けない日でもきちんと目的に向かえる自分がいる。
「全ての時間を波乗りに捧げて」
というスローガンが出来たが、
この言葉を賞賛してくれる人は、
ひたすら健康な精神の持ち主と信じます。
さて、先日、
『波乗り道場』というブレイクがあると聞いた。
それを教えてくれた人が、
「あそこは混んでますよ?」
と複雑なうれしさっぽく言った。
「でもレベルが高いから入っているだけで勉強にはなります」
と付け加えた。
そして、噂の道場波を見に行くと、
多くのプロも入り交じっての大混雑で、
やはり道場の名にふさわしい鍛錬的かつ、
真剣なる波取りが繰り広げられていた。
しばし見とれ、視界を広げて辺りをよく見ると、
その道場付近のピークから100m横が無人だった。
それは混んでいるところに勝るとも劣らないすばらしい波だ。
「まさか?」と思って波を見続けたが、
やはり完璧な斜面にしか見えなかった。
「とにかく無人だし、絶対に良い波だ」と、
その友人とパドルアウトしたら、
やはりすばらしい波で、
ここがなぜ無人なのかをずっと考えていた。
話は変わって、
「ハワイのパイプラインって、腰胸サイズの日はあるの?」
と先輩(D先輩ではない)に聞かれた。
「それは間違いなくありますが…」と答えると、
「それならそのときに入ってみたいんだよ」と言う。
でもどうしてパイプラインなんですかと聞くと、
「一度入ってみたかったが、大きいのは無理だから」
と言うので、
「ある程度のサイズと、きちんとしたうねりの向きでないと、
パイプラインではないような気がしますけど」
と返すと、
「とにかく入ってみたいんだ」と先輩は小さくつぶやいた。
彼と別れた後、
“ブランド波“という言葉を思いついた。
波もブランディングされる時代となったのだろうか。
「サーフ波ブランディングは、
精神的な構造を創り出すこと、
サーファーが意思決定を単純化できるように、
波質と状態についての知識を提供すること」
と定義してみると、
「多くの人がブランド波に惑わされているのだ」
と説明がついた。
携帯の波情報を見ていると、
やはりブランド波の評価は高く、しかもいつも混雑している。
「空いていて、すばらしい波がブレイクしているあのブレイク」
その携帯波情報には取り上げられていない場所。
そんなことを知っている、
または知るのも豊かな波乗り人のエッセンスなんだ。
そらを見上げると、
名もなき雲と、まぶしい太陽が出ていた。
(了、2011/6/18)
■