どんな波に乗りたいか?
これは波乗りをはじめてからずっと考えていたこと、
話題にしてきたことである。
どこで、どのくらいの波?そんなことを夢想してみた。
友人が経営する海の前のコテージ形式の宿。
オフシーズンには毎年来ていて、海に一番近いいつもの部屋。
窓からは、大好きな岬波が椰子の木の向こうに見える。
「運がいい、いつもタイミングがいいですね」
友人が繰り返し言うように今年も風も吹かず、
雨期なのに晴れ続け、人は見えず存在しているのは俺たちだけ。
岬の向こうに落ちる陽が、
この世の終わりと思えるほどに煌めき、
そして激しく、長い間色彩を変えていき、
夜の蒼をゆっくりとひたしていく。
燃えあがるような朝陽。
大きく、
重いボードを引きずりながら砂浜に降りると、
そこはまだ夜の冷たさを蓄えていた。
カニが砂の上に付けたであろうさまざまな幾学的模様。
鳥に見える、
これは蝶のようだと想像を巡らせているのはいつも楽しいものだ。
満潮時に向かうのは、左の崖の切れ間にあるレフト波。
ほぼ完璧なリーフが岸に向かって張り出していて、
やさしく崩れる素直な斜面。
暖かく、お湯のような海。
沖に漕ぎ出すと、
ボードの後ろからフィンとボードが水をかきまわす音が聞こえてきた。
チャンネルの途中でゆっくりと腕を上げてストレッチしてみる。
まっすぐ伸ばした指の先はパステル色の空で、
まだ消えぬ星が浮かんでいる。
ふわりと見えたのは背丈あるかないかほどのうねり。
両手で一度強く漕ぎ、
波が追いついてきてからもう一回腕を入れて、
波の中に飛びこむようにふわりと飛び乗った。
立ち上がると海が見渡せた。
遠くまで伸びる波面。
膝を内側に入れてボードを曲げ、
そこからは椰子の木群を目印に腕を下げる。
この波は干いていてもすばらしいというが、
干潮のとき、ピークは右の岬に行ってしまうので、
まだここの浅いリーフでサーフしたことはない。
鳥が鳴き始めた頃に一度上がり、
南国のフルーツで喉と腹を満たす。
湾中央から右側は子どもたちが遊べるビーチブレイク。
遠浅で、ずっと立ったまま沖までいける。
崩れても白波が跳ね上がらない波質。
ボディサーフをして、
息の続く限り滑っていって、浜に乗り上げる感触。
ささやかな波に乗っていた子どもたちは、
「見て!青と赤の魚がたくさん泳いでいる」
大喜びで泡の隙間に見える海底を眺めている。
陽が高くなると、あっという間に砂浜が広くなった。
南からのうねりが幾筋も見える。
友人がワックスを塗り始めた。
自分のお気に入りのボードを脇に抱えて岬に向かう。
陽射しが強いので、
目を閉じながら10歩おきくらいに目を開けて歩いていく。
砂に残った水たまりが太陽の熱をたくわえている。
砂浜が終わり、岩場となり、
潮だまりがいくつもあって、
カニが逃げて、小魚が底でキラリと光っていた。
岬波は、全身をビリリとさせるように強烈で、
肚(はら)の内側に芯を入れてくれる。
セットの一本目、二本目、そしてうねりの角度が違えば、
その質とエピソードを変える不思議な波。
ベストは真南うねりだろう。
レフトはテイクオフからバレルとなり、
次のセクションからは姿を変えて俺を誘う。
内側にベンドする波壁。
めくるめくスリルが過ぎ、
キックアウトした瞬間、腕を突き上げるほどに興奮する。
ライトは友人のお気に入り、
この波が乗りたいがために彼はここに宿を開いたほどのクオリティブレイク。
長く広く、速いファーストセクション。
斜面は硬く、ターンは全て加速度的に伸びていき、
抜けきると、大岩が前方に出現する。
そこから跳ね返ってきた揺れる斜面(wobble)を
ハイラインで持ち上げてから落としていくと、
岩を越えて先のセクションに出られる。
そうすればパーフェクトなインサイドセクションが現れ、
同じようなターンを重ねていけ、
最終的には子どもたちのビーチまで乗っていける。
このようにサーファーたちは、それぞれのパラダイスを持っている。
ワイングラスを片手に
「さて、今夜はどの波に乗ろうか?」と、
夢波を抱き、それを味わうように乗れるのもサーファーの特権だろう。
(了、2013)
初自 BLUE誌巻頭コラム