ちょうど1年前から手つかずになっていた私のファイル。
エクストリーム側に詳細を変更していく。
「ついボードのテイルやレイル、
コンケイブやチャンネルに目が行きがちだけど、
重要なのはボードの一貫性なんだよ」
そんなことを言いながら3Dモデルでデザインを精査する。
10年前にBD3シリーズで成功し、
エリア51(ファイヤーブレードというモデルに変更された)のボンザーボトムを復活させつつ、
新味を含めてのニューボードを作っていくという。
さまざまな風味があるそうで、
その中の1本は私が乗り、
そしてD先輩、マット・アーチボルドたちが乗り、
さらには故人であるアンディ・アイアンズをもイメージしてデザインするという。
そのアーチボルドのボードには、
ノーズ幅が重要で、
ここを使って波の中に入っていく入り口を作るようなイメージであるという。
少しチンプンカンプンなのだが、
動画撮影のときにわかりやすく説明していた。
(巻末に貼付しておきます)
そしてこれはコロヘ・アンディーノのボード。
アンディが大好きだったマジックボードがコールの元に戻ってきた。
コールはサーフ博物館にこれを寄贈するという。
マーベリックス用の10’6″ガン。
ダブルリーシュプラグの怪物波用。
私が1980年代の回想記を書いていることもあって、
彼の記憶をほどいてもらった。
これは1983年にローワー・トレッスルズで開催された
『スタビーズ・プロ』の出場記念ポーチ。
コールはメインイベントまで行き、
翌年のスタビーズ・オーシャンサイド戦も招待されたという。
33年前のものが原型をとどめてあることに驚き、
よく考えると、私はこの年より波乗りを始めたのだった。
ほぼオリジナルのアストロデッキも出てきた。
このステッカーがなつかしい。
グリップが良すぎて、
要は紙やすりと同等で、
ウエットを着ないでサーフすると膝に穴が開く代物だった。
これがコールのインタビュー。
NAKISURFマニアならご存じでしょうが、
彼は1990年代にネオ・クアッドを完成させ、
さらにはミニボードを2000年代にと、
常に10年先のボードデザインをしてきた。
この動画を撮り終えた瞬間、
「時代がようやく追いついてきたね」
そんなことを言って、ニヤリとしたのが印象的だった。
□
少し曇り空の本日。
教会岬に行くも、
喧伝されていた西うねりがそこまで上がっていなくて、
それならばとサンオノフレに。
少し前の雑誌取材で
「一番欲しいモノはなんですか?」と聞かれ、
「キャンピングカーです」
そう即答したほど恋焦がれているものが、
シャカサインと共に通っていった。
大切な人ジョージ・サラスとの再会がここであった。
サングラスをかけているのが彼で、
もう一人はクークボックス主宰のドリュー。
ドリューはニューヨークをベースにし、
ジョエル・チューダーブランドを牽引し、
ジョージはファッション界の人気写真家。
このジョージに私はサーフフォトのイロハを教わったのであります。
「プロビア100を入れて、
晴れた日に64056(シックスフォーティ・ファイブシックス)で撮れ」
そんなことを教えてくれた。
今ならISO80(プロビアというフィルムは100だが、80としていた)
でシャッタースピード1/640、絞りF5.6だとわかるが、
当時はチンプンカンプンな私だったのにも関わらず、
当時ジョージがアシスタントをしていた
巨匠アート・ブルーワーのスタジオに毎日連れていってくれ、
写真を撮る技術はもちろん、
フォトショップによりレタッチ、
スライド群の収納&整理、フィルムのプロセスの仕方、
スタジオワーク、さらには心構え、
人間性まで教えてくれて、
最後には、
「写真は技術ではなくてスタイルだ。スタイルこそ全てさ」
そんな名言を残して、ニューヨークに去っていって、
写真を撮る私を創り上げてくれた大師匠なのであります。
明日からジョージはマイアミだということで、
次に会えるのはいつのことやら。
ありがとうジョージ!
今月のNAKISURFカレンダー(壁掛け版)で、
ボードを裏返して乗っている奇才シェーン・マクファーソン。
突然キャッチサーフに目覚めたようで、
「NAKI、これ、乗らせてください」
そう言って、
プランク7フィートをフォードアに浮かべ、
ずっと長い時間サーフしていた。
Nation工場に行くと、
工場長ジェイソンがグラスオンシングルフィンを立てていて、
それが無性にかっこよかったのでiPhoneで撮ってみた。
外ではライアン・イングル博士が、
CJネルソンの10’0″ノーズライダーを研究していて、
その焦点は、
ThePurchase(キャンバス)とどこが違うのかということだった。
「幅が24インチと広いのが、CJ流なのかもしれないね」
こちらも重要なセリフを残していった。
ちなみにキャンバスは、
クリスチャン・ワックからブランド名を購入した人がいて、
初年度は同じメンバーでサーフボード製作をしたいという意向らしく、
クリスチャンをアートディレクターとし、
現在は、
元ヘッド(オンリー)・シェイパーのライアンと詳細を詰めているという。
どうなることでしょうか。
ドリームクラッシャーの週のようで、
それは多くのボードにクロスが巻かれていた。
ボトム側からボランクロスのラップ(巻き付け)が上がってきていて、
そうして考えると、
実際にはこの重なり部分にもう一枚重なるので、
実質3層となり、レイルの強度があるのはこのおかげだと視認できた。
□
私も応募した2020東京オリンピック・エンブレムデザイン。
ずっと気になっていた最終選考が発表になりました。
下記の4種。
ちなみに私のはこれ。
他民族ということと多種目、
さらにはこれらを仲良く重ね、
日本(日の丸)が一番だというアピールロゴでした。
選考にはもれましたが、
また機会があった応募してみます。
世間ではA案で決定と言われているが、
私の好みはB案。
さすが決勝、全てが良く見えます。
はてさてどうなるのでしょうか。
1980年代編で1万字くらいかけそうなクリスチャン・フレッチャー。
彼もまたあの時代からの伝説を創ってきた主妖怪のひとりだと思います。
回想記がずっと続いていて、
新聞連載のようになっていたが、
新聞でさえも日曜版や週末には連載お休みだということで、
今日は書かずに明日からまた続けて書きますね。
ちなみに明日は、
天才アーティストのロイ・ゴンザレス編です。
それではすばらしい金曜日をお過ごしください!
Have a wondefulday!!
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