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いほへなみひめ(五百重浪姫)/ 夢龍〈ドラグラ・プロダクションズ製作〉_(3330文字)

いほへなみひめ(五百重浪姫)

夢龍

 

一.

むかしむかし、いつの頃でありましたか、

波乗り翁という人がありました。

ほんとうの名は造麻呂というのでしたが、

毎日のように海に入って、

波に乗りましたので、波乗り翁と知られていました。

ある日、空が荒れ、大波がやってきました。

沖で波を待っていると、

一本だけ妙に光る波がありました。

不思議に思っていると、それが近寄ってきます。

良く見ると、光るところは波の一部分です。

その光る辺りをすくうようにそっと手を出すと、

手の中に高さ三寸(約9cm)ばかりの美しい女の子がありました。

これはきっと、

天が我が子として與(あた)えてくれたものであろうと感じ、

その子を手の上に載せて持ち歸(かえ)りました。

妻もこの子の大そう美しいのを喜んで、

籠の中に入れて大切に育てました。

このことがあってからも、翁は波に乗っていましたが、

奇妙なことには、

軒先や式台の上に黄金を見つけることが度々ありました。

そして翁の家は次第に裕福になりました。

ところで、

波の中から出た子は、育て方がよかったようで、

どんどん大きくなって、

三月ばかり経つと一人前の人になりました。

五百重浪姫(いほへなみひめ)と名付け、

ふさわしい髮飾りや衣裳を与え、

そして大事な子ですから、

家の奧にかこって外へは一切出さずに、

心を入れて養いました。

大きくなるにしたがって、

少女の顏はより麗しくなり、

それはこの世界のものではないほどで、

家の中が隅から隅まで光り輝きました。

翁にはこの子を見るのが何よりの藥(くすり)で、

また何よりの慰みでした。

その間に相變(あいかわ)らず黄金を手に入れましたので、

遂には大した身代(しんたい)となって、

家屋敷も大きく構え、

世間からも敬まわれるようになりました。

さすがにその頃には、

この美しい少女のことが知られ始め、

世間の男たちは妻に貰いたい、

見るだけでも見ておきたいと、

家の近くに來てすき間から覗きましたが、

どうしても姿を見ることが出來ません。

そのうちに夜も晝もぶっ通しに家の側を離れずに、

どうにかして姫に逢って志を見せようと思う熱心家が三人ありました。

みな位の高い身分の尊い方で、

一人は鳳凰皇子、

右大臣宮澤大師、

そして大納言磯浦。

この人たちは手だてをめぐらして姫を手に入れようとしましたが、

誰も成功しませんでした。

翁もあまりのことに思い、

ある時、姫に

「今日まで育てたわしを親と思って、わしの言うことを聞いて貰いたい」

と、前置きして、

「わしは七十を越して、もういつ命が終るかわからぬ。

お前さんによい婿をとって、心殘りのないようにしたい。

姫を懸命に思っている方がこんなにたくさんあるのだから、

このうちから心にかなった人を選んではどうだろうか」

と、言いますと、

姫は案外の顏をして、

答えを澁(しぶ)っていましたが思い切って、

「私の思い通りの深い志を見せた方でなくては、夫と定めることは出來ません。

御三人の方々に各地の稀代の波に乗って、

そこから得たものを正しく表現して下さった方にお仕えすることに致しましょう」

二.

その各地の波とは、

イ.天美洞穴波

ロ.土佐激流波

ハ.上総国大砲波

の三つでした。

それぞれ籤引きで波を引き当てた。

鳳凰皇子が、天美洞穴波。

そして宮澤容易が土佐激流波を引き当て、

残った磯浦が上総国の大砲波となりました。

期間は朔望月が2度(月が2回新しくなるまで)。

それらは婆達羅鉢陁月のあいだにあり、

天竺(現在のインド)で用いられていた

室月(Bhādrapada)から婁月(アーシュヴィナ)まで。

現代の日数にすると、59日といったところでしょう。

三.

天美(あまみ)洞穴波に向かう鳳凰皇子は、

後光厳天皇の第七皇子であったため、

孫の旅の心配をした上皇が、

空露(くうろ)という白髪の爺をお付きとして付けました。

空露は、正四位という官位を朝廷から賜った陰陽師で、

高い能力を持っていました。

呪や幻力(マーヤー)を自在に操り、

飢饉や干ばつを幾度も回避するという奇跡も持ち合わせていた。

鳳凰と空露は大阪まで徒(かち)で、

そこから船を雇い、支那を横目に天美に向かった。

途中、

海が荒れに荒れたところで、

空露が呼び起こしたのが大海龍王。

沙掲羅と幾千万億の眷属の竜とともにその嵐を乗り越え、

鳳凰は姫に

「洞穴波もは四つの真理、

一切皆苦、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静でありました。

これはすなわち釈迦の教えと同じものでした」

ということを伝えました。

四.

宮澤は実兄である多呂𡧃を引き連れて、土佐激流波に徒と船で向かったが、到着すると、その波はまだ来ておらず、海が荒れるまで多呂𡧃と野営していると、夜明け前頃に針のような雨が降ってきた。

そこにやってきたのが、白雉(はくち)と名乗る男。

白雉は雨に濡れないようで、雨水もしたたっていないのが奇妙だった。

「優鉢羅(うはつら、ウッパラカ、Utpalaka)はどこじゃ。答えぬとぬしたちには波には乗らさねぬぞ」と言う。

宮澤は間髪を入れずに

「優鉢羅は青睡蓮(nilotpala)そのもの。それは黛色蓮華池にあり、青龍王が護るものぞ」

そう答えると、白雉は、

「あっぱれじゃ。お前は青睡蓮のような美しい眼をしている」

言うやいなや、白雉が鳥となり東に飛び立つと、

その向こうに紺青色(nila)の朝陽が現れ、

激流の中に立ち昇るような青い波が現れた。

これが後の三十二相八十種好の一つ「如紺青相」となったのだが、

戻るなり宮澤は、

「土佐激流波は、青龍が護る優鉢羅波でありました」

と姫に伝えた。

五.

磯浦は、上総国の大砲波に相対していた。

すると東の空から一筋の光のような龍が立ちのぼった。

すかさずその首に飛び乗ると、

光の龍は飛び上がり、御前崎を通り、熊野大社本宮、

そして奇岩が立ち並ぶ室戸岬を越え、

足摺岬で補陀落(ふだらく)、

つまり観世音が住むという楽園より、

反時計回りで煙のように天上界に昇っていった。

その天から下界をのぞくと、

霧に煙る海のなかに島のように見えるものがあり、

ある場所が黄金のように光っていたことを感得した磯浦は、

懐から金剛杵を十字に組み合わせた形のものを取り出し、

山に突き刺した。

すると、乗っていた龍が突然言葉を発した

「磯浦よ、我こそが九頭龍大神である」と言い、

「これが陽の極まりである九ぞ」と、

9の字を冠するように回りながら上総国に戻ると、

「大砲波こそが宝有(ほうゆう)なるぞ」

そう磯浦に伝えて、光となって消えた。

上総国の大東岬に行った磯浦は、大砲波の際に大きな加護を受け、

「上総大砲波は須弥山(三千世界)を守る九頭龍大神であり、

九頭一身であり、その龍の頭は千あったと観じました」

そう姫に伝えると、

「皆のもの、さすがでありまする。
全てはこの国にとって、とても重要ことです。
どうぞ後の世までお伝えください。
ただわらわが嫁ぐのは、
東雲(しののめ)が浮かぶ刻に伝えます
姫は、光輝く笑みを浮かべてそう言ったのだが、
その姿が、
この世のものとは思えないほど美しかったと、三人はそれぞれに思ったという。
その場所とは、
爺が五百重浪姫を見つけた波が来る場所であるという。
未明に集まり、
それぞれ愛用の板子を使って、
波が崩れる場所、沖合まで行きますと、
すでに波乗り爺が大板子の上に腰掛けていて、
その前には五百重浪姫もお座りになっていました。
突然南風が吹いてきました。
湿度のたっぷりとある重いもので、
まだ夜色を付けた雲が割れるように動くと、
茜空と海が同化して、世界は茜色に染まりました。
そして、
全員の瞳に黄金色に輝く波がやってきたのが映りました。
「おお、これこそはあの日と同じじゃ….」
こぼれでるように爺が言い、
皆、惚けるようにその金色波に見とれていました。
波がさらに近寄ってくると、
突然姫が、黄金波に飛び込み、その中に溶けるように沈んでいった。
すかさず宮澤が飛び込み、磯浦が次を追い、
鳳凰が板子を漕いで溶けた場所に近づいた。
けれど、姫はその姿を二度と現すことなく、
そこには、ただ美しい黄金色の泡が渦巻いているだけだった。
そしてたれも見たことのない夜明け色の彩がそれぞれの顔を照らしていた。