Photo by Junior
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夜明けごろ、
正確には夜明け前に古い友人と会った。
友人と言っても私と彼は、
何かを一緒にしたという記憶はない。
だけど、
あえて友人と書きたいほど、
彼と私は、
共通するサーフィンへの熱き思いがある。
『夜明けごろのサーファーズ岬』
彼と会えるキーワードがこれだ。
その彼と会うと、
「サーファーたちは、
互いに敬意を払い、
次にやってくる無垢な波だけを追いかける」
彼の、
サーフィンへ望む想いがわかった。
無垢な波というのは、
「誰も乗られることのない波」のことだ。
夜明け前はサーファーの数は極端に少ない。
波が5本やって来て、
サーファーが3人だけならばこの状態となる。
大自然の恵みにあずかる、
喜びに満ちた感謝の祭儀
友人はこの時間をこう表現する。
ああ、
サーフィンはすばらしい。
こんな人に会える喜びもあるのだ。
それほどまでに夜明けに感動し、
そして波に乗る行為の深さを感じたことを記しておく。
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『お知らせ』
デジタルで購読しているのがBlue.。
本日、
最新95号が発売となった。
私がずっと唱えているのがミッドレングス。
メイン特集記事になっているのがうれしい。
このすばらしき魅力が、
多くのサーファーに伝わりますように。
タイラー・ウォーレンもこのミッドレングスへの質問に答えているが、
ミッドレングスは、
ショートボードとロングボード両方の要素を併せ持つ。
かんたんでいて、
奥深き、
サーフィン密教になりえるサイズ思想だ。
この特集のページ見出しにもこんなことが書いてある。
これではまるで冒頭に書いた友人のようでドキリとした。
ショートボードに乗るのも良いけど、
このボードサイズがはまるのは、
年間で10日あるかないかだろうか。
Ryoma Takama at Kedungu
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誤解を恐れずに書くと、
私が考えるショートボード波というのは、
斜面が硬く、
背丈以上のサイズがあって、
オフショアで潮位も適切でないと、
その主題である『斬れ』という意味がないように思える。
ミッドレングスは、
ボードサイズが大きくなった分、
パドリング出力を高め、
テイクオフの圧も上げ、
ボードと自身の一体感を味わうものだ。
これがミッドレングスのフィーリングの一端だし、
よく聞こえてくる
「衰えたからボードが大きくなった」わけではない。
シングルフィンにすれば、
ラインが簡素化されて宇宙的なトリムができるし、
ツインにすれば、
硬く重いターンがクリティカル・ポジションでできる。
他特集で好きな記事は、
このキャンパー制作と、
パンちゃんことパット・タワジーのことだろうか。
パットがまだ少年だったころから、
私に会うと必ず「ナカトミ・タワジー」と言う。
これは、
映画『ダイ・ハード』内のロスアンジェルス日系本社のことで、
そんな設定なんかマニアしかわからないのに、
あまりにも繰り返すのでこちらが覚えてしまったという経緯がある。
私のコラムは巻頭に。
「真のサーフィン」
そんなことに目を向けて、
デューク・カハナモクにも登場していただき、
祈るような気持ちで書いた。
サーフィンとは?
そんなみっしりが書いてあります。
この気持ちを知りたい方は読んでみてください。
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【巻末リンク:前回のブルー誌94号】
【巻末リンク*2:パンカー・パット】
Happy Surfing and Happy Life Styles!!
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