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【ドラゴン・グライド・プロダクションズ文芸】『無』という記憶装置

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『無』という記憶装置

音の良いヘッドフォンを手に入れたので、

ハードロックを聞いていた。

3連、ヘヴィ・リフ、メロディやフレーズが織りなす世界は、

まだ見ぬ次元に連れていかれるような緊迫感まであった。

『ヘヴィ・サーフ楽曲』はあるのだろうか?

Big Waveで知られる山下達郎さんのものではなく、

もちろんワイキキ波風のテケテケテンではなく、

ハードロック波が表現されたオリジナルなものだ。

『ハードな波の記憶』というものを考えると、

痛烈なものばかりだ。

相対した経験や体験を発酵させ、

熟成させて『波の記憶』とし、

想像力で代謝して拡張させている。

驚きの感情がなければ、

記憶にも残らず、

臨界まで達しないと発酵もないし、

想像力が沸くということもない。

台風10号。

連日に渡り「ハードロック・サーフィン」という記憶が残った。

初日はフロント・フットのバレル。

見事なまでの波筒だった。

大中があれば特大もあり、

ひたすら神々しい個体というか、

偉大なる海面の拡がりを目の辺りにした。

波は、

工業製品のように磨かれていた。

金属製のようなリップ(波先)が、

遙か向こうの海面に炸裂し、

ジェット・エンジンのような轟音を立て、

ものすごい速さでこちらに向かってただひたすら丸まっていた。

凝縮されて詰まりきっているようにも見えた。

波先の下側にあるエッジから滑り降り、

バレルの内側にとどまることができた。

爆裂、

膨張、

圧縮という瞬間の圧倒。

ただ残像だけを拾い上げていく。

突然、

「明星が口に飛び込んできた」という啓示を受けた。

これではまるで空海の表現だが、

そう感じてしまったほどこの鮮烈かつ澄明な感覚に何かが開示され、

「波に乗って得るもの」という真理に近づいた気がした。

翌日は西側の岬だった。

大きいがゆえに動きが緩慢に見える南うねりが、

ボコボコ、ボヨボヨという感じでやってきていた。

このうねりは、

岬に巻き付いて方向を変え、

崖に当たって跳ね返り、

湾の反対側から集まり、

ありとあらゆる方向からミックスダウンされていた。

それぞれのうねりが合わさり、

岩盤海底によってその壮絶なる最期を重低音で表現していた。

波を沖に戻すのがチャンネルだ。

この日は、猛烈なる水量によって、

深く蒼い溝が激流となり、ところどころに渦潮が見えていた。

波は、

まるで魑魅魍魎(ちみもうりょう)を携えたクラーケン(Kraken。海洋怪物)であり、

こちらを誘うセクシーな妖魔であり、

また巨大な波獣だった。

意を決してパドルアウトした。

乾く喉を抑え、やってきた危機を耐える。

波がやってきた。

近くで見ると、波というより魔獣そのものだった。

人生最大の覚悟を持って、

テイクオフの姿勢にする。

だが、

次の瞬間には波牙がこちら側に押し出されていた。

だめだ。

方向転換し、波牙、崩れてくる波に向けて距離を測ってから深くダックダイブしていく。

早い判断が良かったようで牙は避けられた。

しかし分厚い波が覆いかぶさり、

その中腹からダックダイブというボードを沈ませる行為をしていた。

両手でノーズをつかみ、

左側のノーズから海面に入れ、

腕を波底にむけて伸ばした後は、

テイルを可能な限り蹴りだしていく。

深く入った。

可能な限りサーフボードにからだを密着させた。

いいぞ。

む、波の裏に出ているはずなのに浮かばない。

そんなに分厚かったとは。

もう少しだ。

あ。

嫌な予感がする。

その通りに、

波の中で止まってしまったようで、

無重力という沈黙があり、

叩きつけられるように後頭部から沈められた。

よくキリモミ状と言うが、

波に巻かれた直後というのは、

爆発と同じ放射という圧を身をもって味わえる。

ただこれは激烈なる放射だった。

 こだま

 苛烈

 螺旋

永かった。

けれど、まだ波のなかにいる。

あるはずのない閃光が、

まぶたの裏で煌(きら)めいている。

ようやく解放されたようで、

大量の気泡と一緒に海面に上がりはじめたのがわかった。

脱力させ、意識を閉じつつ、

それでいて両腕を小さく使って浮かび上がると、

次の波が来ていた。

すぐにパドリングの姿勢とし、

胸を反らし、ただただ、強く、深く漕いだ。

来た。

先ほどよりも大きい。

波と自身の位置を確認し、

ついにはこの魔獣の下に飛び込む覚悟を決める。

 行くぞ

 意識を閉じろ

 こころを隠せ

 自分を忘れろ

猛烈な波の記憶というのは、

『無』のような記憶装置である。

よって文献にはならない。

さらに書くと、

こんなハードコアな波乗りが全く歌になっていない理由がわかった。

(了、2020/10/12)

(初出自:Blue2020/12月号/85/007P)