自身のサーフィンのふるさとに戻っていた。
峰の階段を降りると、
この景色が拡がっていた。

画のように小動(こゆるぎ)にまだテトラポッドや護岸はなく、
もちろん一本松の下にも入っていなかった。

漁師小屋があり、
湧き水の下には浮浪者がいて、
それによってコジキというブレイク名がついた。

これまで波乗りのことを美化してきたが、
それはいまも変わらない。

あのころのボクは、
波があればサーフして、
なければパドリングしていた。
バイトも波乗り時間をさけるものだけを選んだ。

ある日、
上画像のようにまったくのフラットだったのだが、
大潮の幻想があり、
潮位が動くとき、
もしかすると波が来ると信じ、
1時間も待って乗ったことを思い出した。
(本当に波がきたのだ)

腰サイズの波がありそうだとわかると、
一切眠れないほど興奮していた。

あれからたくさんの波に乗った。
波乗りのおかげでバリ、
ハワイにも行き、
そしてカリフォルニアに移住した。

おかげでNBAやMLBを知った。

ダルビッシュの渾身も見たし、

歴代のヒーローたちのプレイを間近で見ることができたのは、
エリック・クリステンソンのおかげである。

ハッピーサーフを知ったのは、
鎌倉時代の横山泰介さんのおかげである。

私は、
いまだに好きな波の場所を見つけ、
その畏敬を感じることを生きがいにしている。

優しい先輩たちもいた。
その生き方は正しいと、
半世紀ちかく経って確信した。

波乗り教として、
始祖デューク・カハナモクを称えていると、
私たちの法王が現れた。

つまり、
ハッピーサーフへ、
カム・ウィズ・ミーということになってきた。
ハッピーは自分たちで作り上げられるからだ。

さまざまなサイズの波に乗るように、
多種多様なサーフボードを使いはじめた。

湘南の美しい日をサーファーズで過ごすと、
1980年代のさまざまなことを思い出すのだった。

ちなみにこれがタマサキ(千葉北)の、
ヨワケ(夜明け前のこと)波である。
今日は、
8時より日没までNAKISURFにおります。

明日の日曜(30)日は、
コーチングがあるので正午ごろから一度抜けます。
🫧🙏🫧

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【巻末リンク:鎌倉の先輩たち】
【巻末リンク*2:少し前のタイムスリップ感】
Happy Surfing and Happy Lifestyles!!
◎




