【サーフィン研究所】鎌倉時代_(1133文字)

自身のサーフィンのふるさとに戻っていた。

峰の階段を降りると、

この景色が拡がっていた。

画のように小動(こゆるぎ)にまだテトラポッドや護岸はなく、

もちろん一本松の下にも入っていなかった。

漁師小屋があり、

湧き水の下には浮浪者がいて、

それによってコジキというブレイク名がついた。

これまで波乗りのことを美化してきたが、

それはいまも変わらない。

あのころのボクは、

波があればサーフして、

なければパドリングしていた。

バイトも波乗り時間をさけるものだけを選んだ。

ある日、

上画像のようにまったくのフラットだったのだが、

大潮の幻想があり、

潮位が動くとき、

もしかすると波が来ると信じ、

1時間も待って乗ったことを思い出した。

(本当に波がきたのだ)

腰サイズの波がありそうだとわかると、

一切眠れないほど興奮していた。

あれからたくさんの波に乗った。

波乗りのおかげでバリ、

ハワイにも行き、

そしてカリフォルニアに移住した。

おかげでNBAやMLBを知った。

ダルビッシュの渾身も見たし、

歴代のヒーローたちのプレイを間近で見ることができたのは、

エリック・クリステンソンのおかげである。

ハッピーサーフを知ったのは、

鎌倉時代の横山泰介さんのおかげである。

Cosmos Surfboards TheOne6’4” Original Groovy Twinzer / Shape, Design and glass by @hiroyuki_maeda

私は、

いまだに好きな波の場所を見つけ、

その畏敬を感じることを生きがいにしている。

Taisuke Yokoyama @taiseye / Ichiro Naruse, Nalu @comeon_nalu

優しい先輩たちもいた。

その生き方は正しいと、

半世紀ちかく経って確信した。

波乗り教として、

始祖デューク・カハナモクを称えていると、

私たちの法王が現れた。

つまり、

ハッピーサーフへ、

カム・ウィズ・ミーということになってきた。

ハッピーは自分たちで作り上げられるからだ。

さまざまなサイズの波に乗るように、

多種多様なサーフボードを使いはじめた。

湘南の美しい日をサーファーズで過ごすと、

1980年代のさまざまなことを思い出すのだった。

ちなみにこれがタマサキ(千葉北)の、

ヨワケ(夜明け前のこと)波である。

今日は、

8時より日没までNAKISURFにおります。

明日の日曜(30)日は、

コーチングがあるので正午ごろから一度抜けます。

🫧🙏🫧

Jiro Miyazawa @himatsubushi

【巻末リンク:鎌倉の先輩たち】

【サーフィンとは技ではない。総合的なもの。人間力の集大成】サーファーズ岬での先輩たち_(2097文字)

【巻末リンク*2:少し前のタイムスリップ感】

【サーフィン研究所】南西風のエンゲッツ_懐古主義と画像格納日からのドラグラ・バックトゥザフューチャー_(1188文字)

Happy Surfing and Happy Lifestyles!!

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