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naki's blog

湘南サーフデイはキンチャンズとマサモで_(3553文字)

こんにちは、

台風2号は巨大な低気圧と変化し、

あっという間に本州を通り過ぎていきました。

昨日は深夜3時過ぎに

「すごいよ、すごい。本物、わかる?

ホ・ン・モ・ノだよ今日は、本気波だね。

なぜか空いているし、みっちゃん早くおいで?」

きんちゃんから電話があった。

夜明け過ぎには、就寝前のD先輩からも

「おい、どこにいるんだ?

カマコー、バグースライフだぜ?」

(バグス=Bagus、バグース、インドネシア語で最高の意味)

ともあった。

けれど、こういう時はやはり台風効果で混むと信じている俺は、

おもむろに天気予報を見た。

すると、午後もオフショアのようなので、

午後が狙い目だと決意し、

次々にやってくる波情報のメールには目もくれず、

フィッシュフライの長いブログを書いた。

https://www.nakisurf.com/blog/naki/archives/22213

およそ3500文字、写真数50枚という、

フィッシュフライの一部だけを切り取ったのにも関わらず、

この量となってしまった。

このイベントの全てを網羅しようとしたら字数20万字、

写真数800枚は必要なのだろうか。

それほど濃く楽しい、そして水分たっぷりのイベントだった。

そのブログを書く合間に週末にたまったメール返信をし、

NALU誌のゲラ刷り(校正)をT氏に戻し、

『シマダヤもみ打ちごまだれ生冷やし中華』(絶品)

を食べてから、ボードを抱えて湘南鎌倉に向かったのでした。

大師匠大御所の横山泰介さんと岸さん。

泰介さんは写真家&人生師範で、

岸さんは斬れ味スルドイ文筆家であり、

「モントリオールオリンピックの年(1976)にも

キンチャンズでサーフィンをしていた」

という年季の入ったグレイトな先輩サーファーなのです。

昔から本当にお世話になっております。

台風通過後。

バックスウェルではなく、残波だと思える。

さぞかし朝は大きかったのだろう。

キンチャンズの名前の由来となったきんちゃんと合流し、

「たー、8時間もやっちゃったよ?。でもね、

実際良かったのは朝6時までだったな。

みっちゃん遅いよ、早く来ないと?」

「混んでいると思ったんですよ」

「うん、混んでたね。けっこうみんな来たもんな」

「でしょ」

「もう誰も入っていませんね」

「さっきまで北風がすごかったんだよ。

ボードを持っていられないくらいの突風でね。

その風でうねりはなくなっちゃったんだよ」

(写真が真っ白なのは、ISOをなぜか800に設定していて、

白トビしているのです。自動ISOにしようと決意)

「あ、セットです。割れた!あれ頭くらいありませんか?」

「おー!ほんとだ、でもあれは1時間に一本しか来ないよ、きっと」

「また来ましたよ。これはセットですよ」

「あれ、また上がってきたのかな?」

「きんちゃん、やりましょうよ」

「もう疲れたよ。夜明け前から入っているんだぜ。

もうウエットずれが痛いよ?」

「ワセリン塗って、痛いのケーネー(関係ねえ)って思えば平気ですよ」

「だめだよ、痛いのは痛いからさ」

「あ、そうだ、(D)先輩に電話してあげよう」

「俺にも三浦さんからメールがあったよ。カマコーって何?」

「鎌倉高校前じゃないですか?」

「あ、そっか」

ルルルー(電話発信音)

「もしもし」

「先輩、どこですか?」

「ん、今銀行。ゲツマツだから入金しているんだよ」

「波いいデスヨ?」

「また?、よく言うよ、波なくなっちゃったって、

きんちゃんがさっき言ってたぞ」

「そうみたいなんですけど、風が止んでまたうねりが入り始めたんですよ」

きんちゃん「三浦さん、本当ですよ。また上がってきたんです」

「お、きんちゃんもそこにいるのか?」

「そうです。またセットが来ました。

これは軽くオーバーヘッドあります。また割れた。

今回は全部で四本波が来て、なぜか無人なんです。やりましょうよ!」

「よく言うよ、ふたりで俺を担いで、

慌ててそこに行くと、”ウソピョン、ザマミロ?”

とか言われちゃうんじゃないの?」

「そんなことないですよ。本当です。やりましょうよ」

「わかった、入金を終えたらケントーしてみるな」

「では、沖で。ゲツマツケーネーですから」

「ケーアル(関係ある)んだよ。ガチャリ」

ということで、パドルアウトし、

なぜか無人キンチャンズを楽しんでいると、

遠くからサーファーがやってきた。

「あ、先輩がもう来たかも」

「え、もう来たの?三浦さんはあいかわらず速いね?」

「でも赤い板ですね。多分違う人だ」

それはD先輩(三浦さん)ではなく、なんとスタイリー相良さんでした。

相良さんと一九八〇年代の七里ヶ浜の話題で盛り上がり、

潮が満ちすぎてタプタプになったところで終了として、

次は七里ヶ浜に向かう。

潮は上げきっていたが、さすが七里ヶ浜。

全域ですばらしいブレイクとなっていた。

もうこんな暗いのだが、

懐かしのマサモで五本ほどの波に乗りたいと思い、

着替えようとするのだが、

先ほど着た5ミリフルスーツはずぶ濡れで、

この北風の中で着替える気にはなれず、

そういえばハーレー社の新作トランクスを持っていたことを思い出した。

「寒いが寒くない」

と禅問答のように着替え、

夕方波を観戦する先輩たちに

「お前ウエットもないのか?」

とか、

「おーハワイアンだ!」

と冷やかされながらゲッティングアウトし、

マサモのインサイドでテイクオフを繰り返したのです。

ひさしぶりのマサモで、

ノンベさんと再会し、タワゲ、マツバラ、

カク、新井屋、ザイチくん、マーカス、マーボー、

ジョージさん、モリタン、佐藤くん、

ナチくん、ウラさん、コジマさん、ズシくん、

そしてムスターファという遠い思い出が、

ふわりと淡い夕陽空に浮かび上がったのでした。

懐かしのヒキチガワ前でカットバック。

ここから浅くなるのですが、

実はここが波のメインディッシュなんです。

「へへー」

とゲツマツでサーフできないD先輩の代わりに乗りました。

マサモバンザイ!

階段の上では、

不良、優良先輩たちに囲まれて、

「お前、寒くないのかよ?」

「今、急に寒くなってきました」

「やっぱ時差があるんだな。早く着替えろ」

と歩き始めると、猛烈な寒気がやってきて、

七里ヶ浜駐車場がシベリア鉄道の貨物室のようになってしまった。

震えながら、

先日グリーンルームでお会いしたシェルショアさんに向かい、

看板息子の田中さんと、

クリスちゃんの描いた看板ボード(CANVAS)を撮らせていただきました。

このお店は週末になると、

「遠方からはるばるお客さんがやって来る」

というのもうなずけるすばらしい商品構成と、

ディスプレイでした。

時間が前後するが、

昨日、一昨日と撮った写真をここで。

キンチャンズの名若手サーファーといえば、この人だそうです。

これはスリングショットかな?

波乗り後には超名店umi cafeへ。

先日俺がハートラテをここで披露し、

https://www.nakisurf.com/blog/naki/archives/21268

それに対する一平くんからのカウンターオファーならぬ

カウンターラテだそうです。

キンちゃんは、野菜豆乳ドリア大盛り(絶品)と、

麗しのチーズケーキを食べてうっとり。

千葉ニコリン寨から大西とヤスもやってきました。

キンチャンズでポイントブレイク(岬波)の見習いと、

このumi cafeさんでコーヒーの淹れ方の修行です。

これが郁夫さんのニュースティックBD5。

「ナキちゃん、これね、人生でイチバンのマジックボードなんだよ」

と終始お顔が緩みっぱなしでした。

こうして店内にボードを持ち込んでご自慢されるほど、

すばらしい滑走だったそうで、

「(51歳の)新出発なんだよね!」

と郁夫さんの新しいサーフィンライフが始まったようです。

きんちゃん党の総裁と副総裁郁夫さん、そして幹事長まさるさんのお三人。

みなさんは波乗りもイベントも全て一緒なんです。

平均年齢49.33歳の仲良しトリオ。

「俺もチーズケーキください。きんちゃんのよりジャムを多めで」

と注文して、本当にジャム大盛りで来たら、

「ずるいよ?」

と本気でマスター一平くんに文句を言っていたきんちゃん。

「ウソピョン」の三浦さんを含めて、

おふたりとも50歳オーバーとは思えないほど少年の気概だった。

umi cafeの跡継ぎ杏(あん)ちゃんも大きくなりましたね。

ずっと良い子にしていました。

マサモから江ノ島を望み、

みなさんありがとうございました。

波にも、海にもありがとう。

と心で伝えた。

(お知らせ)

ショールーム、

いや千葉ニコリン寨に俺の作品が展示されたようです。

その設置映像がYoutubeに上がっていました。

http://www.youtube.com/watch?v=LiFRLAQzmb8

今日もすばらしい日にしてくださいね!


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