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シェーン・ドリアンという波乗神_【サーフマガジン誌】_(3339文字)

「乗った瞬間に沈んでしまうよ」

私がフォームボールについての質問をすると、

その答えは明快だった。

フォームボールとは、

バレル内の壁に発生する泡の層のこと。

巷では”長いガンボードなら、

その層を浮かせながら進めることができる”とか、

”テイル加重すれば短距離ならば滑ることができる”

とささやかれていた。

時代が進み、

バレルメイクへの可能性が広がったのかと思っていたが、

事実はそうではなく、

生きながら波に乗る神シェーン・ドリアンは、

そんな事象は蒼古から何も変わっていない、

変わらないという事実を明確に教えてくれた。

シェーン・ドリアン。

ハワイ島コナで生まれ、

5歳でサーフィングを始め、

一〇代の終わりにはケリー・スレーター、ロブ・マチャド、

カラニ・ロブたちと共に『ニュー・スクール』という一時代を築き、

そのターン群の概念は現在もジョン・ジョン・フローレンスたちに引き継がれている。

アゴのラインを波のトップに合わせる独特なライディングスタイルは、

リードする腕の動きと相まって、

まるで波に乗る竜(Dragon)のようだ。

またシェーンはマニューバーを追求するだけではなく、

稀代の大波乗りブロック・リトルの跡継ぎとして、

地球上に存在する大波という大物を乗り続け、神格化したかのように映る。

彼は次世代の育成ということをしていて、

ハワイ島にあるメインスポット”バニヤンズ”で自身の名の冠をつけた

『シェーン・ドリアン・ケイキ・クラシック』

というサーフィング・コンテスト(イベント)を毎年開催している。

ケイキ=子どもたちは、そのコンテストに無料で参加でき、

順位に関係なく持ちきれないほどの賞品がプレゼントされる。

そこには前出したケリー・スレーターが毎年やってきて、

ロブ・マチャドや、

さらにはシェーンの後継者、

つまりはブロック・リトルの孫弟子にあたるアルビー・レイヤー、

稀代のエアリスト、マット・メオラ、

ハワイ出身のWCTランカーのイズキール・ラウ、

グリフィン・コーラピント、モニース兄弟たちも手伝い、

ハワイ島の子どもたちにとっての大祭典日を二十三年間も続けている。

その子どもを愛する波乗神シェーンが2児の父となり、

さらには長男のジャクソンが波乗り中心となってきたのを期に

創成時から参戦してきたWSLビッグウエーブ・ツアーへの参加を休止した。

聞いてみると、大波に乗るのを止めたわけではなく、

より自発的に波に乗ることをしたいのと、

(コンテスト)オーガナイズによるサーフするという行為を休止したに過ぎないという。

悟りを開いた覚者でありながら、

サーフ世界で迷える人たちを救済するために誓願された存在とされている。

そして今回の来日は、

世界各国への子どもたちの育成の師範として自発的に手を挙げて、

その彼のモットーである

「楽しくなくては波乗りではない」ということを伝えにきたという。

最初のパートは、トップキッズたちへの指導だった。

彼のメインスポンサーであるビラボンから選ばれたじん君(鈴木仁)、

しのちゃん(松田詩野)、そしてモンちゃん(矢作紋乃丞)の3人は、

その師範の待つ新島に向かったのだった。

シェーンはメインスポンサーやボードのサポートを長期に渡って受けていて、

それは師の活躍によるものと、その誠実な人格を表現している。

   

さて、新島。

師範による指導というのは走る、

筋力トレーニングし、

ストレッチする合間にサーフするというのを私は想像していたが、

実際は「好きなようにやりなさい」というものだった。

これは前出したように「楽しくサーフしてほしい」という願い、

上達への道が見えなくなったときに自分がが指し示す立場だと語っていた。

ただ、上達には波の悪い日も重要で、

そんな日は「しっかり30本乗る」ということをテーマに掲げて、

事実淡井浦のバンピー&クロスオーバーコンディションでもそれを全員が完遂し、

上がってきたときのそれぞれの笑顔が忘れられない。

子どもたちがシェーンに質問していた中で、

一番興味深かったのは、

「大波のとき、怖くないんですか?」ということ。

この返答には「怖いと思う気持ちが、楽しいこととか、

挑戦したい気持ちを上回ったら入らずに波を見ていた方がいい」とし、

「ただ、強い波に乗るためにはトレーニングをして、自分に自信を付けるべきだ」

と付け加えていた。

彼の進んできた道は険しいものだったが、

その険しさは必要ないとも言い切る。

自分で険しきを選ぶのならそれは止めない、

ただ、人(コーチ)や親に強制されてやるべきではないと、

最近の指導的な育成に警鐘を鳴らしていたのが印象的だった。

   

さて、シェーン・ドリアンの日本旅。

新島最終日に待ちに待ったエクセレントウエーブがやってきた。

それまでは雨、雨、大雨にオンショア強風コンディションだったが、

新島の女神が波乗りの神さまに微笑んだ。

快晴、オフショア、そしてパーフェクトとなった朝、

「神が森」と呼ばれる遙かなる聖地まで私たちはやってきた。

「昨日までのオンショアがうねりをちょっぴり持ち上げてくれたのだろう。

この地形にはこのサイズが最適なのかな。

今回は良い波を求めて来ているわけではないので、

このまま雨のオンショアで帰る覚悟があったのだけど、

人生って不思議だね。ここまで良い波が来るとは思わなかった」

師はうれしそうにジャージのフルスーツに着替え、

誰よりも早くパドルアウトすると、

その聖地とされる白ママ(崖)断層を見上げながら

「WOW!まるでスターウオーズの世界みたいだ。

さまざまな波に乗ってきたけど、こんな景色を見たことはない。本当に幻想的だね」

そう言いながら、その白砂の崖をいつまでも見ていた。

感動する心こそが、波乗りを続ける燃料でもあるのだろう。

キッズたちに二〇数年前のモメンタム時代そのままのパワーターンを波の有効ゾーンで指し示す。

彼特有のマニューバリティ・パフォーマンスは、

年月を重ねて熟成し、極まっていた。

マウイのジョーズ(ピアヒ)の凄いエアドロップをメイクしたこと、

エディー・アイカウのワイメア・インビテーショナルでは、

爆裂したホワイトウオーターを数度メイクしたことについて聞いてみると、

「奇蹟が重なったから」と謙遜していた。

激烈なる大波の下で生きるか死ぬかという原素を通過し、

超克し、師が行き着いたのは、

「楽しく上達しよう」

というどこにも毒を含まない波乗りの純粋なる魅惑だった。

また、

湘南で行われた

”BILLABONG Super Kids Challenge Shonan”

決勝ヒートでは、

波打ち際で観戦していた私の横にやってきて立ち話をした。

私も”狂”が付くほどの波乗りファンだが、

師範もそうであるらしく、

このケダモノ偏同士での親密な話は、

やはり目の前の主役である子どもたちに及んだ。

「私はもちろん、ケリーやロブたちともそうだったが、

世界に出るためには、世界に散らばるライバルが最重要だと思う。

お互いに上達レベルを引き上げるし、熱意を発生させる。

だから自国のグッドだけでなく、他国のグレイトを見る、

また世界中に散らばる波に乗ることでしか達成できないこともある」

とも言った。

ジェダイ騎士横山泰介さんとD師範

サバ改めRACAちゃんとD師範

.

それからも師範は寝食を惜しんでそれぞれの場所で、

その波に乗ることを、そして上達するための教えに多くの人を導いていた。

達成は満足と感動をもたらすと繰り返し説いていた。

その感動は人それぞれ形も大きさも違うが、

それぞれの中にあり、

幾度も突破した荒れた海、波先の閃き、

膨大なる水の壁を濾過してきた瞳の光は柔らかく、

深く、そして温かかく、

知りすぎたために行方を失った私の心に沁みた。

旅も章も、物語の句点がやってきた。

師範がホノルル経由でニューヨークに行く時間となり、

彼にとって二十数年ぶりという日本の地を後にした。

きっとこれらの詳細な記憶は彼方に消えていくのだろうが、

波乗神シェーン・ドリアンが波に描く太い一本の線は長く、

時に鋭角に、永遠に私たちの心のなかで滑空し、

そしてどこまでも高く浮き上がっていく。

(了、2017/05/15)

サーフマガジン初出自