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naki's blog

【GW後の特大号】五部構成のハッピーサーフィン_(3735文字)

【第一部:海水温】

水温が上がってきている。

四国は21度。

けれど、

水温が最も低いとされる2月20日ですら21度もあって、

奄美大島では22度程度。

千葉北で15度(二月)

五月の今で18度。

4月で千葉北が18度、

四国は変わらず21度。

とすると、

温かくなったと感じている水温は、

じつはそこまで変化をしていなかったことに気づいた。

梅雨が明けて夏になれば水温はさらに上昇するだろうが、

基本はほとんど同じなのかもしれない。

陸地には四季があって、

冬には氷が張り、

夏にはうだるような暑さとなるが、

水温にそこまで変化がないのは、

やはり潮の流れは広大で、

日本の地域というのは水温の同範囲に収まっているからだろう。

水温が20度以上あれば、

トランクスでサーフすることが多い。

これは私のサーフ人生の大半を冷水で

(南カリフォルニア)サーフしていた反動だと、

心理学的にはそうなのですとラカ法王が教えてくれた。

同じ「冷える」温度でも、

アメリカでは「暑くないのか?」と聞かれ、

日本では、

「寒くないですか?」となる。

皮膚感覚の違い、

体温の違い、

細胞の違いと、

白人とアジア人の間には、

はっきりとした違いがあることがわかる。

ウエットスーツがないだけで、

サーフィンはとても自由となる。

「裸でサーフする」

大好きなことの一つである。

ついでに言うのなら膝波が好きになったのは、

浮力のあるボードのおかげだ。

 

私に感化され、

ウナクネケイスケもトランクスサーフし、

サバ手で歓びを表した。

ツナくんまでもがトランクスでやってきた。

「かんたんだった?」

「い、いえ、むずかしかったです」

彼はモノゴトを深く考えるようです。

サバ手の推進力は、

バリの高間教授との理論で知られているが、

(巻末リンク参照)

チャングーのデウスでは、

17-19時の間がハッピーアワーで、

酒類を一杯注文すると、二杯目が無料となる。

ついつい飲み過ぎてしまうように思うが、

教授と私は2人でそれをシェアしたのでありました。

ナッキーもトランクスで、

スリリングなナイフ・レイリングをしていた。

【第二部:童子とサーフィン】

こちらはカリンちゃん(6歳)。

土佐清水に来るまで海が怖く、

波に乗ったことはなかった。

もっと書くと、

彼女は顔に水が付くだけで、

泣いてしまうほど水が恐かった。

彼女はユウトくん同様に

ファーストテイクオフをメイクしてからというもの、

怖さより楽しさが勝るようで、

水くらいでは泣かなくなり、

今ではサーフィンにすっかり夢中となりました。

こちらがユウトくん。

三歳になるいたずらっ子。

彼も他の兄弟と同じく水が怖くてたまらない。

なので、

海ではおとなしく言うことを聞くのもかわいい。

こんな画。

ユウトが持っているのは自作のサーフボードで、

2日目はこれを手放さなかった。

お兄ちゃんと接触しそうになったときも、

全てにおいてミニボードを離さなかった。

だが、波がやってきて、

自分の腰くらいの深さとなった途端、

顔が青ざめ、一直線で岸に戻っていく。

これは重要な人間力で、

誰もが「海は怖い」と感じるのを

多感的に理解しているからです。

長男ケントくんは7歳。

二郎くんの親友のハッピーサーファーです。

彼がフィンレスサーフが大好き。

フィンレスは、

ボディボード同様に濡れた砂浜でボードを滑らせられるからで、

移動方法として優れていることを知っている。

けれどフィンレスはむずかしいので、

あっちにグサリ、

こっちにグニャリとなって、

とってもではないけど立っていられる代物ではない。

ケントはそう感じていた。

そこに気づいた私は、

「ケント、このボードに乗ってごらん」

7フィートのフィンありを勧めてみた。

すると、

「なんだ、サーフィンってもっとむずかしいと思っていたよ」

そんなことを日焼け顔で言っていた。

うれしそうな父ちゃんケイスケ。

カリンはずっとずっと波に乗っていた。

時間にしておよそ5時間はやっていた。

すっかりたくましくなったのと、

日焼け止め『ココサンシャイン』のスティックと、

クリームを併用していたので全員の肌はなんともなかった。

3人の母ちゃんのニノちゃん。

すっかりウナクネスタイルで、

まるでカシア・ミーダーのようです。

全員の前にこうして乗ってきて、

サバ手フィニッシュで38点を叩きだした。

さすが。

母ちゃんが来たときも、

「見て、かんたんに乗れるよ」

そんな文体でサバ手も一緒に披露していた。

【第三部:ウナクネ父ちゃんの効力】

3人の父ちゃんはケイスケ。

彼はウナクネ一筋に見えるが、

元々はショートボーダー。

NSA換算だと1級程度の腕前がある。

けれど、

ウナクネ式に目覚めてからというもの、

こんなノーズライドなどは、

「かんたん」にこなせるようになった。

しかも子どもたちにもウナクネ式だから、

星一徹のように「WSL養成ギプス」も付けないし、

「リングにかけろ©車田まさみ)」のように、

パワーリスト、

パワーアンクルなどを装着させないので、

子どもたちは永劫に自由にサーフィンできることだろう。

「教育パパママ」のサーフィン版を時折見てきたが、

強制されてサーフィンしてきた子どもは、

思春期を迎えると、

サーフィンから遠ざかるのを知っている。

ナッキーのパラレルスタンスに

を感じてシャッターを押した。

【第四部:海岸の危険】

私たちの25mほど横に3人組のサーファーがやってきた。

彼らは飲料&食料を浜に置いて沖に向かった。

そこにやってきた一羽のカラス。

ヤタガラスは日本書紀に出てくるので、

古来より頭の良い鳥類である。

黒くんは、

着地してすぐにバッグAに向かった。

ぐいぐいとバッグの口を開こうとしている。

驚くべき知能と卓越したクチバシ技だった。

「難解だ」

もしカラスがこのセリフを思い浮かべていたのなら、

アンドレ・ブルトンの『溶ける魚』を読み、

シュルレアリスム宣言などをしていたのだろうか。

そこで横のバッグBに移行した。

すばらしい頭脳だ。

「こっちはかんたんです。
なぜなら口が開いているからです」

そんな二郎くん文体となるのは、

カラスは私のブログを読んでいるからだろうか?

などと自惚れる。

「えいえい」

いくつかのオニギリが見えた。

けれど、獲物はここまで。

霊長類(この場合は人間)が放った犬がやってきて、

この知的なカラスは、

大岐マリンとハイビスカス食堂の方角に飛んでいった。

ハイビスカス食堂の森ヤンは、

ベンチュラセイジの実兄で、

多くのサーファーが彼を敬愛するのは、

包容力のある性格もそうだが、

ポイくんのように卓越したバレル技術に裏打ちされたものだろう。

それにしてもどこを見てもポカリスエットが人気だが、

結局は糖分なので、

サーフィンにはもっと水を飲んだ方がいい。

60歳の友人であり、

卓越したジンブツは水を水分と読む。

よって水を一切飲まず、

日々お茶だけを飲んでいるが、

「それはカフェインなので、水を飲まねば脱水しますよ」

そう意見してもこの年代の大きな特徴として、

こちらに反発する、

言うことを聞かないのであきらめたことを思いだした。

【第五部:ウナクネ合宿の参加者たち】

ウェーブ・バンディットはキャッチサーフの弟分。

これに乗る少年たちがいたので記念撮影をした。

奇跡のYouTuberベン・ウエービィーモデル。

そんなことがまたすばらしい。

父親もしっかりとサーフィンしていた。

美しいライディングフォーム。

千葉の太東から家族でやってきて、

ウナクネグライドをしていったサーファー。

偶然出会えるのは意味があるからでしょうね。

お名前を失念したので、教えてください〜!

こちらも偶然に出会ったグレイトサーファー。

油井(ゆい)くんと言って、

京都の南部から来られたのだと言う。

ラッコ旦那の同郷ということになりますね。

「NAKIさんたちと一緒にサーフして、

ハッピーサーフが伝搬しました!」

そう大喜びで伝えてくれた。

思考停止せずに、

前向きに、

そして細胞単位でサーフィンを感じるすばらしいサーファー。

ウナクネ界にようこそ!

この人も卓越したボードコントロールを見せていた。

気づいたら全員がキャッチサーフだったという、

ハッピーサーフ・セッション。

私は次世代育成に努めた。

肩車をするのは、

ユウトに俯瞰(ふかん)した波と海を見せたかったのと、

彼が怖がらない=濡れないようにのWミーニング(意味)。

こうして見学して、

ほめてあげるだけで子どもたちはグイグイと進歩する。

これは学業も友人関係も同じですね。

土佐高知のマコトくんが、

「自分もウナクネ合宿に参加していいですか」

そう言って、

2時間半もドライブして参加してくれた。

天下の宝刀オディシー・ログでハッピー。

見ているケイスケもハッピー。

経験を積んだサバ手でハッピー。

彼にとっても、

私たちにとっても善き時間でした。

高知市内のハイカラミシンをどうぞよろしくお願いします。

【第六部:鳥型サバ手】

私のサバ手が曲線を帯びたのは、

レオナルド・ダ・ヴィンチの

「羽ばたき鳥型飛行機」を見てから。

それは宮崎駿さんも

『風立ちぬ』内で、

堀越二郎の実話を基に描いたことであります。

特大号ですら長くなってきたのでここまでとします。

【巻末リンク:サバ手について】

【ウナクネ・サイエンス】サバ手の真実_(1584文字)

いよいよ明日からGW後の週末ですね!

Happy Surfing!!